幕間「極東地域1」
ーーーーーーーー 元衛兵視点
陥落するケーニヒスグラード要塞からなんとか脱出し、首都のモスキンまでたどり着いた俺とイレーナに待ち受けていたのは、敗北の責任を取らされ、極東地域へと左遷させられる事だった。
極東地域は夜間はマイナス三十度にも達する極寒の地だ。
俺とイレーナも防寒着を着込んでここへやって来たが、それでも身を切るような寒さだった。
およそ人間が生息するのに適した場所では無いですね、ここ。
「ええ、この寒さが天然の牢獄として機能しているのでしょう」
逃げ出したとしても、外の寒さで勝手に死ぬ、というわけですか。
極東地域には豊富な森林資源があり、その資源を有効活用するためチャイカ連邦は強制収容所を多数作り上げた。
通称コロニーと呼ばれるこの製材所群が、イレーナの新しい配属先であった。
ーー
首都モスキンから一番遠いコロニーである第三強制収容所へと馬車は到着した。
昼でもまだ相当寒いこの地で、収容者達は汗だくになって木材を切り出していた。
収容者の大半は、エルフやドワーフや獣人だった。
人族第一主義者の集まりであるチャイカ連邦では、彼らは亜人として蔑まれ、人としての権利は基本的に認められていない。
戦争で捕虜として拘束された者の大半はこの地へ送られる。
そして死ぬまでここで働き続けるのだ。
それら「亜人」に混じって、人族の姿もちらほら見えた。
チャイカ連邦の体制に異を唱えた者や、批判的な内容の著作物を書いた者などは反体制派の烙印を押され、この地へ飛ばされる。
政治的な争いに破れた者や、ただの冤罪者も多数含まれているという。
「この地へ送られた者の生存期間は、およそ五年と言われています。それだけ過酷な労働環境なのです」
それが「コロニーで木を数える仕事」の実態であった。
ーー
施設内に入り、ようやく暖房の行き届いた場所に来れた俺とイレーナは、防寒着を脱いだ。
「外は寒かったでしょう、これでも飲んで暖まりなさい」
応接間へと通された俺達に、暖かい紅茶振る舞ったのは第三強制収容所の主である、ベリヤ所長その人だった。
但し、出されたのはイレーナとベリヤ所長の分、二つだけだった。
イレーナの後ろで立っている副官の俺や、ベリヤ所長の後ろにいる四人の護衛達は、黙ってそれを見ているのみである。
「ありがとうございます。頂きます」
これから上司になる人物から勧められた飲み物を、断る訳にはいかない。
ゆっくりと紅茶を飲みほすイレーナを、ベリヤ所長はにこやかな顔で見守っていた。
ベリヤ所長は中年太りした、丸顔の男だった。
丸メガネの中から妙にねちっこい視線をイレーナの身体に送っている。
「西部方面軍の首席参謀から、こんな極東の僻地へ飛ばされるとは、心中察知するが、こんな場所でも住めば都というやつでね。中々にやりがいのある仕事ではあるのだよ。イレーナ君はここで何をやりたいのかね」
「まずは、施設内の状況について把握を。特に受刑者の労働環境について」
イレーナがそう言うと、ベリヤ所長はうんうんと頷いて、
「受刑者の扱いが酷すぎる。なにも知らない外部の人間は憶測だけでみんなそう言うんだよ。ところで、男性受刑者の仕事ぶりは外で見てきただろう。女性受刑者については何か知っているかね?」
「……いえ、特には」
「私はこう見えてフェミニストでね。か弱い女性達には暖かい室内で仕事をしてもらっている。丁度そこの窓からその様子を見下ろせるから、見てごらん」
ベリヤ所長に促され、イレーナは窓際へと移動した。
俺もその後に続いて歩く。
「……ひっ!」
その窓の下で繰り広げられている光景に、イレーナは短い悲鳴を上げた。
「良い反応だよ、イレーナ君。ぐふふふ……まさに君のそういう反応が見たかったんだ……お高く止まった君が、愕然とする様をね」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるベリヤ所長。
いったい何が、と思い窓を覗き込んでみると……
最初は何が起きているのか、よく分からなかった。
鎖に繋がれた大勢の女達に、同じぐらいの数の男達が群がっている。
極寒の地で密かに繰り広げられる、酷く悪趣味な遊び部屋。
「な……なんて、事を……」
「あの女性受刑者達はここの稼ぎ頭でね。男どもの何倍もの収益を上げておるよ。ぐふふふ……正にこれからは女性の時代だな」
「こんな、非人道的な事が、許される訳がありません!」
「そうかね?あのシューチン国王ですらお喜びになり、この施設を御利用になったのだぞ?ぐふふふ……君もここで労働の喜びというやつを、たっぷりと味わってみるといい」
「……うう、あ……っ……」
イレーナの様子がおかしい。
頬が赤くなり、倒れるように窓際へもたれ掛かった。
「私に……なにを…した…の……」
喘ぎながら声を絞り出すイレーナ。
「なあに、寒そうだったからね。ちょっとした身体の暖まる、オクスリを少々……」
嫌らしい笑みを浮かべるベリヤ所長。
「聖ヘルメス協会のお堅い尼僧でも、自ら股を開くと言われるぐらい強烈なやつだ……よく暖まっただろう?」
もはやゲスな本性を隠すことを辞めたベリヤ所長は、ゆっくりとイレーナに向かって近づいていった。
立ちはだかるべきか、と考えたが、奥にいる四人の護衛達が剣に手を掛けているのを見て、俺は止めておいた。
ついにベリヤ所長はイレーナの元までたどり着き、その肩を掴んでぐっと引き寄せた。
「私に……触ら…ないで……」
荒い息遣いで呻くイレーナに、ベリヤ所長は粘着質な舌使いで、
「よく考えたまえイレーナ君。あそこへ降りていって、見ず知らずの男百人の相手をするか、それとも私一人の相手をするか……賢い君ならどちらが得か、分かるだろう?」
そう言いながら、厭らしい動きでイレーナの肩を揉みしだいた。
イレーナはすがるような目で俺を見ていたが、目敏くベリヤ所長はそれを察知し、
「なんだね君は。何か私に言いたいことでもあるのかね?」
いえ、何も。
「だったらさっさとこの部屋から出て行きたまえ。気のきかん男だな」
いやあ……私も御相伴に預かりたいな、と思いまして……
そう言いながら、窓の外をチラチラと見る。
「ほう?」
そもそも、そんな半分亜人の女が、今まで人間みたいに扱われていたのが間違いなんですよ。
その女の下に居るのは、実に不快でした。
信じられない物でも見るかのような表情をするイレーナに、俺は薄ら笑いを浮かべた。
「ぐふふふ……そうかね。君はイレーナ君よりも賢いかもしれぬな。いいとも、下へ降りていって好きなだけ遊んできたまえ」
ありがとうございます。
俺はベリヤ所長に対し深々とお辞儀をし、イレーナが奥の寝室へ引きずり込まれて行くのを、黙って見送った。
正義感は時と場合を考えて。
本当に正しい言葉だったな。




