ネファラム・ハーレム1
それから程なくしてゴウラ王国から馬車がやって来た。
全部で三台。
うち一台はネファラムへのミカジメ料を満載した荷台を運ぶ馬車で、もう一台は護衛するための兵士用の馬車。
最後の一台は他の二台と比べると割合豪華な馬車であった。
ヒコネ外交官の馬車にしては豪華過ぎるな、と考えていると中から二名のメイドを伴って一人の女性が降りてきた。
年のころは俺の外見年齢と同じぐらい。
すらりとしたスレンダーな身体に、豪華だが清廉さも感じさせる白いドレスを身に纏っていた。
腰まで届くストレートの黒髪にも装飾品が巻かれている。
明らかに高貴な身分の女性。
まさかこの人って……
訝しんでいると、何処からともなくヒコネ外交官が現れ、
「こちらはゴウラ王国第三王女、サクヤ様にございます」
やはり……
「サクヤと申します、このたびは……」
サクヤは清んだ声で自己紹介し、俺に対しなんと頭を下げた。
王族に頭を下げさせるとは、俺も偉くなったもんだ。
それで、今回はどのような要件で?
警戒しながらそう聞き返すと、
「今後とも末長くよろしくお願いいたします」
と、返ってきた。うーむ、これは……
ヒコネ外交官殿、人質は取らないと私は言ったはずですよ。
「人質、ではなくわたしは……」
俺はサクヤ王女の言葉をあえて遮り、
一時の滞在だというのなら客人としてもてなしましょう。
ですが、長期に渡ってネファラム城に住まわれると言うのなら、お断り申し上げる。
申し訳ないが、お引き取り願いたい。
俺がそう言うと、サクヤ王女の態度が変わった。
「わたしは、子供の使いとしてここへ来たのではありません。ゴウラ王国王女としての使命を持ってここへ来たのです」
凛とした佇まいを感じさせる風格。
王族のオーラってやつだろうか。
が、それに気圧されている場合では無いな。
ネファラムはあなたを受け入れるつもりは無いですよ。
「結構。では受け入れてもらえるまで待ちましょう」
ーー
貢ぎ物の馬車が帰った後も、サクヤ王女の馬車と護衛の馬車はネファラム城の正門前に滞在し続けた。
時折居なくなることもあり、やっと帰ったかと思われたが、またすぐ戻ってきてしまう。
俺はネファラム城の屋上からそんな馬車の様子をじっと眺めていた。
「やはりなあ、話を聞いた時からこうなりそうな気がしていたのだ」
白衣のキューが俺の隣でそう言った。
「ゴウラのバックにはネファラムがいるんだぞ、と周辺国に知らしめるには貢ぎ物ぐらいでは効果が薄い。あの王女は人質であると同時にゴウラとネファラムの繋がりを保証する証文のようなモノなのだ」
うーん、そう言うものですか……
「ああ、だからちょっとやそっとじゃ帰らぬし、向こうも君がいずれ折れるだろうと踏んでいる。どうも君の甘さは有名になりつつあるようだ」
ええー、そうなんですか。
舐められて足元見られるとか、不味いかなあ。
「悪いことばかりではないぞ、闇陣営にも関わらず話の通じる相手だと人族から認識されている訳だからな」
ニヤリとした笑みを浮かべる、キュー。
「状況に応じて、闇と光の間を行ったり来たりできる。それが君の強みさ」
と、キューの隣で同じく馬車を見下ろしていたピアが、後ろから優しく俺に抱き付いてきて、
「君のそう言うところは、私も気に入ってるんだ。そのお陰で私たちは知り合えたのだからな」
ピア……
「あの王女をネファラムに入れてやれよ、エイジ君」
と、キュー。
入れて大丈夫ですかね?敵対していた国の王族ですよ。
「ゴーレムとスケルトンを組み合わせた、ネファラム城の監視警護体制は完璧だ。あの魔術師のサイア・ミーズですら何も出来なかった。それに、居候が何人か増える代わりに定期的にまとまった量のレアメタルが手に入るのは、私に取ってもありがたい」
ふうむ。
「そうだな、エイジ君。あの王女にネファラム流の、夜の『お・も・て・な・し』を味わわせてやるのも面白そうだ」
と、ピア。
よ、呼びませんからね、寝室には。
ーー
翌日、ネファラム城を豪雨が襲った。
俺は門番スケルトンにネファラム城の正門を開けさせ、激しい雷雨にさらされ続ける馬車を城内に招き入れた。
この雨風では大変でしょう。
城内でおくつろぎ下さい。
「私を迎え入れる事に同意された。そう考えてよろしくって?」
そう言うサクヤ王女は、長い馬車生活でやや窶れていたものの、凛とした佇まいを崩してはいなかった。
正直、根負けしましたよ。お入り下さい。
但し滞在を許すのは、あなたとあなたの身の回りの世話をする数名だけだ。武装した兵士などは受け入れ無い。
それが人質というものだろう。
サクヤ王女は護衛の兵士達と二三会話し、別れの挨拶を済ませた。
ゴウラ王国の兵士達は、涙を滲ませながら決死の形相で王女を見送った。
敬愛する自国の王女を、敵対していた国の人質として差し出すのだ。そういう表情にもなるだろう。
ーーーーーーーー サクヤ王女視点
こうして私は、メイドのレムとリアの二人を従えて、ネファラムの本拠地ヘと侵入を果たした。
これからゴウラの存亡を賭けた孤独な戦いが始まるのだ。
まずはこの悪魔の城で生存し続ける事が、第一の使命だった。
私がここに滞在し続ける限り、ゴウラ王国の安全はある程度保証される。
「こんなアンデッドだらけの気持ち悪い城に、よく来る気になりましたね。断られた事にして、自分の国に帰っちゃえば良かったのに」
そう言ったのは、このネファラム城の主である、黒衣の死霊術師エイジだった。
人族でありながら闇陣営に属し、数万とも言われるアンデッドを従える、邪悪な裏切り者。さぞや醜悪な男なのだろう。
と、聞いていたのだけど、そこにいたのはごく普通の顔をした、自分と同年代ぐらいの青年だった。
醜悪、どころか柔和さすら感じられた。
そうは参りませぬ。それがゴウラ王国の王女としての、私の務めなのですから。
そう答えると、エイジはやや肩をすくめて、
「こうなったからには仕方ありません。何か不便な事があれば言って下さい。出来る限り善処しますからね」
まるで貴族というよりは、市井の一般人の様な話し方。
いやいや、騙されてはいけない。
この男の本質は邪悪な闇属性なのだ。
彼のすぐそばに控えている、ダークエルフの少女がそれを物語っている。
武術に疎い、素人の私にも分かる程の隙の無さ。
もしこの男に手を出せば、即座に斬りかかれる姿勢。
階段を登り、二階の一室へと通された。
ゴウラ王国の自室と比べれば半分程の大きさだが、それでもこの小城の中では立派な方だろう。
「この部屋を使って下さい。メイドさんたち二人の部屋もすぐ向かいに用意させますからね」
メイド、さん?
「君は本当にメイド服を着た女性が好きなのだな、すぐ鼻の下を伸ばすんだから……」
ダークエルフの少女が、ややジト目になりながらエイジにそう言った。
配下にしては、ずいぶんフランクな話し方。
……もしや、このダークエルフはこの男の……
「エイジの妻、ピア・ネファラムだ。お前をネファラムの城へ住む事を許そう。自分の家……とはいかぬだろうが、くつろいでくれたまえ」
そうか、黒衣の死霊術師はダークエルフを妃にしていると聞いた。
彼女がその相手。そしてネファラムの実質的な支配者。
すでに戦いは始まっている。それを忘れてはならない。
「お前は今日からネファラム家の側室の一人だ。その立場は弁えているな?」
「ちょっと、ピア……俺はまだ」
「こういう上下関係は、最初にしっかり決めておくべきなんだ。
私とルナは君の姉妹妻だが、彼女は側室だ。これは譲れないぞ、エイジ君」
姉妹妻とは、人族に比べて長命だが繁殖力の乏しいエルフ族に見られる婚姻形態だ。
少しでも子孫を残す確率を高めるための方策らしい。
しかしルナとは誰だろう。他にもライバルがいるのか。
分かりましたピア様。今日から私はエイジ様の側室です。
私がそう言うとピアはニヤリと笑い。
「よろしい、これで決定だ。いずれ初夜も向かえさせるが、どうする?そこのメイド二人も加えて大乱交といくか」
自分よりやや年下のメイド達、レムとリアがびっくりして私の顔を見た。
「冗談がキツすぎますよ、ピア」
「フフフ、冗談か……果たしてどうなるかな?エイジ君」
ダークエルフは淫蕩だと聞いていたが、ここまでとは……。
ーー
取り繕うような笑みを浮かべながらエイジが場をまとめ、人族とダークエルフの夫婦は出ていった。
あれは完全に彼女の尻に敷かれているな。
見た目はダークエルフの方が、かなり若いが、実年齢は相当違うだろうから。
だが、側室にすぐ選ばれたのは好都合だった。
私には第二の使命もある。
その使命の為ならこの身を差し出すことも厭わない。
ツラギの老王に嫁いだ、あの人の様に。
ゴウラ王国と、そこに暮らす全ての臣民を守り抜くことこそが、私の王族としての務め、そのものなのだから。




