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ヘリボーン


ーーーーーーーーーー 元衛兵視点


その夜の襲撃は、三頭の骨龍が猛毒のブレスを吐きまくるところから始まった。


兵士達は掩体壕(バンカー)に退避して空襲をやり過ごした。

段々と空襲への対応にも慣れてきた、ということだろうか。


骨龍と入れ替わるようにガレー船艦隊が飛来した。

またいつもの定期空襲かと思われたが、少し様子が違う。


ガレー船は樽爆弾を投下せず、その船体を降下させ始めた。

間近で見るとその大きさがよく分かる。

一隻一隻が全長百メートル近い巨体だった。


ガレー船からハシケが伸ばされ、次々と何者かが要塞内に降りたってきた。

多数のスケルトン兵に加えて、目を引いたのは三メートル近い大きさの異形の怪物だった。


二足歩行する大型の灰色カエル、とでも表現すべきか。

口元で蠢くピンク色の触手が気色悪さに拍車を掛ける。


灰色カエルは、その巨体に見合った三股の大槍を軽々と振り回し、戸惑う兵士達に容赦なく襲いかかってきた。


ーー


イレーナの予言通り、分厚い城壁はもはや時代遅れだった。

それを乗り越えて空から侵入されるのでは、もう何も防げない。


要塞内の区域は次々と敵軍に制圧されていった。

三メートルの巨体の灰色カエルの戦闘力は凄まじく、疫病でふらふらになった兵士ではまるで太刀打ち出来なかった。


灰色カエル達は、槍で相手を打ち倒した後、顔面の触手を何本も相手に突き刺して体液を吸い上げてしまう。


彼らにとって人間は美味しい食料であるようだった。

完全に吸い上げられた人間は、かさかさの皮だけになって地面に捨てられた。


その場面を見た兵士達は、恐怖の余り戦闘を放棄して逃げ出す者まで現れた。


「西門が制圧されました、奪い返すのは困難です!」


伝令兵の報告を受け、戦闘指揮所内がどよめいた。

それは要塞に向けて前進してきていた、五千のアンデッド兵が門を突破して要塞内に侵入してくる事を意味していた。


「これまでか……」


ゲオルギー司令はポツリとそう言い、


「諸君、よく堪え忍んでくれた。抵抗はこれまでだ、全軍に撤退を許可する。落ち延びられる者は落ち延びよ……それで構いませんな?政治委員殿」


振り返るゲオルギー司令、だがそこにムラータ政治委員の姿は既に無かった。


ーーーーーーーーーー 


「急ぎなさい!この奥に隠し通路があるはずです!」


ムラータ政治委員は子飼の兵士数名を護衛に付けて、要塞の奥地へ向けて移動していた。


緊急時用の脱出通路がこの先にはあるのだ。

これを知っているものは要塞の中でも数名しかいないだろう。


そこまで後少し、というところで灰色カエルが立ち塞がった。


「もうこんな奥にまで……お前たち、あいつを始末しなさい!」


ムラータの命令を受け、護衛達が灰色カエルに立ち向かって行く。


「急がなければ……こんなところで、無能どものせいで、私は……」


ハッとして振り返ると、通路の後方からも灰色カエルが迫って来ていた。


「お前たち、後ろのあいつも……」


だが既に、護衛兵は灰色カエルに打ち倒され、触手を突き刺されてお食事されていた。


「うわああああ、あああああああ!!」


恐怖の余り泣き叫ぶムラータ。


「わ、私は政治委員ですぞ!逆らえば、貴様もルビヤンカの……」


それが最後のムラータの言葉だった。

後方から迫って来ていた灰色カエルに触手を突き刺され、ムラータの身体はみるみる内に干からびて行った。


ーーーーーーーーーー 元衛兵視点


もはやこれまでです。我々も脱出しましょう。


「で、ですが……」


躊躇するイレーナ。

ゲオルギー司令やその幕僚たちはこの場に残り、最後の瞬間まで指揮を取り続けるつもりの様だった。

自分達だけ逃げるのには抵抗があるのかも知れない。


言ったでしょう、引きずってでもあなたを脱出させると、俺はあなたが死ぬ所なんて、絶対に……


イレーナはじっと俺の顔を見詰めて、


「……分かりました、まずはマーサの所へ」


ーー


人混みでごった返す中を、イレーナの手を掴みながら突き進んだ。


なんとかマーサのいる治療施設までたどり着いたが、その中もかなり混沌としていて、大混雑だった。


「マーサ!」


イレーナがマーサを見つけて、そちらへ走って行った。


「あなた達、まだこんなところで……」


と、マーサ。


「マーサ、撤退許可が司令から出ました。ここから脱出しましょう」


必死なイレーナに対し、マーサは諭すような顔で、


「あなた達は早くお逃げなさい。私はここに残って治療を続けます」


「……なぜですか」


マーサはイレーナの顔をしっかりと見つめ、


「エルフ族の長命さが羨ましいわね。……あなたはまだ若いと言って良いわ、残りの人生の長さが、私とは違うもの」


「そんな……マーサと私とは……では、私も治療を手伝います」


イレーナ……。


「光属性魔術が使えなくても、手伝える事はいくらでも……」


それを聞いたマーサは黙って顔を振り、イレーナの眼前に手をかざすと、


睡眠(スリープ)


イレーナの身体ががくりと崩れ落ちた。

これはかなり高レベルで強力な魔術のはずだ。

敵前で寝るなんて、死ぬのと同じだからな。

難点は、効果範囲がとても小さく、今のように目の前まで近付かなければならない事。


マーサは俺の方を向くと、


「イレーナを連れていって上げて。それがあなたの護衛士としての仕事でしょ」


ええ、もちろんです。


「それから……」


マーサは俺に自分の杖を投げて寄こした。


「これから必用になるでしょう?」


ふうむ、全部お見通しか。


ーー


眠ってしまったイレーナを背負って、要塞内の奥地へと進む。

この先に緊急脱出用の通路があることを事前に調べておいたのだ。


先を急ぐ俺の足に、何かを踏んづけた感触があった。


中身が骨だけになった元人間の皮袋だった。

残されたこの服装、何処かで見覚えがある。

確か、あの政治委員の……?


いや、そんなことよりも、ここにこれがあるってことは……


通路の先に触手付き灰色カエルが現れた。

振り返ると、後方からも迫って来ていた。


挟み討ちか。

怪物みたいな面して、頭の回る奴なんだな。


俺はマーサから託された杖を右手で掲げ、魔術を行使した。



ーーーーーーーーーー エイジ視点



「むっ?」


どうしました?ニャル導師。


「いや、何でもない。作戦を進めよう」


ふうむ。


三頭の骨龍、「赤城」「加賀」「飛竜」は全部攻撃に投入してあり、今は要塞上空で暴れまわっている。


俺達はニャル導師のガレー船艦隊の旗艦、「ラ・レアル」に移乗している。


へリボーンならぬガレーボーン作戦は成功していた。

事前に対空兵器を全て排除し、入念に空襲を繰り返して敵戦力を弱体化させておいたのが功を奏したようだった。


ヘリボーンで兵士を展開させるとき、どうしてもその間はヘリを低空でホバリングさせ続けなければならないため、ベトナム戦争なんかじゃ米軍も痛い目にあったりしたそうだ。


事前の敵兵排除は必須だな。


西門の制圧を完了し、スケルトン兵の主力部隊が内側から招き入れられると、もう要塞の陥落は時間の問題となった。


反対側の東門は残しておいてやりましょう、逃げ出す連中は放っておけば良い。


「お主はそういう所が本当に甘いのう……じゃがそれも良かろうて。我らの強さと恐ろしさを、チャイカ連邦中に広めて回らせてやるのも一興じゃ」


ニャル導師は楽しそうに笑いながら、そう言った。


ーー


順調に進む要塞制圧戦。


が、どうしても気になるのが、あの月棲獣(ムーンビースト)の戦い方だった。

触手でぶっ刺した後に、チュウチュウやってるのがどうも……


「あいつらも長い船上生活で、腹がすいとったのじゃろう。大目に見てやれ」


と、ニャル導師。


槍でぶっ刺して倒すのも、触手でぶっ刺して倒すのも、同じと言えば同じだが、それでもチュウチュウするのは抵抗があるなあ。

ルナなんか恐がって、俺にしがみついちゃってるよ。


要塞の戦闘指揮所も制圧し、敵の指揮系統はもう崩壊した。

戦意を失った兵士の大半は、東門からチャイカ連邦内陸部へと逃走した。

散発的な戦闘は各所で続いているが、そのうち治まるだろう。

後残ってるのは、聖ヘルメス協会が居座ってる医療区域ぐらいだった。


まあ、あれぐらいは助けてやっても良いかな。


俺はニャル導師に頼んでガレー船を降下してもらい、ケーニヒスグラード要塞の中へと降り立った。


ーー


ピアとルナに護衛してもらいながら、医療区域へと向かう。

ニャル導師も仮面のダークエルフ達に囲まれながら、共に進む。


病院と教会を合体させたような、医療区域の中枢になっている建物に入ると、もう何体かの月棲獣(ムーンビースト)が入り込み、お食事の真っ最中だった。


ここは残せと言ったのに、こいつら言うこと聞いて無いな。


奥の方で悲鳴が上がり、俺は駆け足でそこへ向かった。


最奥の部屋に、生き残った医療従事者と患者達が壁際まで追い詰められていた。


今まさに、若い女性の看護士に月棲獣(ムーンビースト)が触手を伸ばそうとしている所だった。


まて、それをやったらR18指定になる。


が、月棲獣(ムーンビースト)は無視して触手を走らせ……


俺は咄嗟に習ったばかりの触手魔術を用いて、その月棲獣(ムーンビースト)を打ち払った。

そのまま何本も同時に操り、生き残った連中をかばうように漆黒の触手を展開させる。


ここは残せと言ったろ、言うことを聞かんのか?


月棲獣(ムーンビースト)は反抗してくるかと思いきや、俺の触手を見るなり恐れおののき、後ずさってその場にひれ伏した。

うん?なんか急に態度が変わったな。


「ふふふ、お主の触手は外なる神々に通ずる物と同質の物じゃ、こやつらに取っては畏怖と畏敬の対象じゃろうて」


と、ニャル導師。


ふうむ、そういうものか。

まあ、言うことを聞いてくれるならなんでも良いや。


俺は生き残りの連中に向き直り、その中でも一番階級の高そうな聖ヘルメス協会の尼僧服を着た初老の女性に話しかけた。


戦争はもう終わりにしましょう。

生き残った人たちは降伏して、この要塞から退去してください。

こいつらには手を出させませんから。


俺がそう言うと、初老の女性はぎょっとした顔で俺を見た。


「ずいぶん若い声……漆黒の死霊術師(ネクロマンサー)は人族だと聞いていたけど、まだ二十代にもなってないというのは、本当のようね」


俺は今、マスク付き黒ローブを着ているから、こっちの人相とかは分からないはずだが、なんだか全てを見透かされてるような気がして、居心地が悪かった。


「退去しろというけど、あなたが広めた疫病のせいで多くの患者が死んだし、今も苦しんでいるわ。彼らをどうするつもり?」


この世界にはBC兵器禁止条約なんてまだ無いでしょ?

まあ、決着も付いたし疫病はもう良いだろう。


俺は右手を一回スナップさせて、パチンと音を鳴らした。

と、同時に俺が作成した疫病を全て消去した。

これぐらいカッコ付けさせてもらおうじゃないか。


それまでハアハアゼエゼエ言っていた疫病患者が、胸を抑えながら信じられないと言った顔で俺を見た。

初老の女性も俺の顔を睨み付けている。


「……あなたが、たった一人でこの疫病を操っていたというの?」


元々全部俺が魔術で産み出した疫病を樽に詰め込んだ物ですよ。

産み出した本人が魔術を消去すれば、それで終わりです。


ルナには魔力をだいぶ借りたけど……それは黙ってていいや。


「戦争をしているというより、まるでゲーム感覚で楽しんでいるみたい……声を聞いて察したけど、まるで子供のやってる事だわ。あなた、どれだけの災害をここへもたらしたか、本当に分かっているの?」


ゲーム感覚で結構。

むしろ戦争にこそゲーム感覚で客観的に視野を広く持つことが重要だ。

戦争で主観的になって視野が狭くなり、感情に突き動かされる様な事になってしまえば、そのうちヤケクソになって敵艦に体当たりとかをやりだすようになるだろう。


それに俺は見た目は子供でも精神はアラフォーなんですよ。

でもまあ、コドオジの思考回路なんてそんな物だろと言われたら、返す言葉も無いがな。


というか、どうやら肉体というものは、精神にも影響を及ぼすような気がするのだ。


歳を取り肉体が衰えると、思うように身体を動かす事が出来なくなる、そうなると人は行動を起こすことに慎重になる。

あまり冒険的な事にチャレンジしなくなり、用心深い考え方になっていく。

それが老いて行く、ということなのだろう。


だから、肉体が若いままだと、考え方も若いまま、と言うことになるんじゃないか。


「ふふふ、わらわから見たらお前こそ、産まれたばかりの女の赤ちゃんみたいな者じゃぞ。聖ヘルメスの偽善者どもよ、我らの気が変わらんうちにここから立ち去るがよい。ここは今日からアザトース教団の根拠地じゃ!」


ニャル導師は錫杖を掲げ、高良かに宣言した。


要塞じゅうの月棲獣(ムーンビースト)達がそれに呼応して冒涜的な吠え声を一斉に上げると、生き残った人たちは恐怖に駆られ、我先にと逃げ出し始めた。

あの初老の女性も、黙って荷物をまとめ始めた。


うーん、ニャル導師ほど突き抜けて年齢を重ねると、規格外の存在なのかもな。

もはや人間の感覚では理解不能な人生観になるのかも。


こうしてケーニヒスグラード要塞は陥落したのだった。



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