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細菌兵器


ーーーーーーーーーー エイジ視点


骨龍「飛竜」の背中に作られた簡易戦闘情報中枢(C.I.C)の中で、俺はピアとルナの三人で骨鳥からもたらされる映像を注視していた。


「やはり、撤退する様子は見えないな、エイジ君」


ピアが報告してきた。


ええ、そうみたいですね。


「だから言ったろ?奴らにこういうことをしても無駄だと」


スケルトン達に夜なべしてビラ作りをさせたのになあ……


城を枕に討ち死にします、ってか?

時代錯誤的なんだよ全く。この世界ではどうだか知らんが。


分かりました。攻撃を開始しましょう。

ニャル導師にも連絡を。


俺は今までに何人の人間をこの手に掛けたんだろうな?

少なくとも万の単位には軽く達している。

そこにもう何万か加わることになるらしい。


畜生、だが俺は逃げ出すチャンスは与えたからな。

それを無駄にするというのなら、もう知らん。



ーーーーーーーーーー 元衛兵視点



部屋から一歩外へ出ると、そこは混沌とした状況になっていた。


大声を張り上げながら行き交う兵士たち。

要塞内のいたるところに緑色の毒液溜まりができていて、それを浴びた者たちが苦しみ、のた打ち回っていた。


対空用バリスタが何台か、巨石によって押し潰されているのが見えた。

生き残りのバリスタで必死に射撃を試みているが、闇夜を高速で飛び回る骨龍の影を捉えることは難しく、無駄弾を射つばかりだった。

誘導用に魔術師を配置したバリスタも同様だった。

誘導しようにも、どこに誘導すれば良いのかさっぱり分からない。


そうこうしている内に、再び巨石がバリスタを襲い更に何台か破壊された。

猛毒のブレスも吐き出され、悲鳴と罵声が要塞内に飛び交った。


どうやら攻撃しているのは骨龍のみで、まずは対空バリスタの排除を目的としているようだった。


俺は叫び惑う人混みの中をかき分け、戦闘指揮所へと向かった。


ーー


戦闘指揮所内も混沌としていた。

ゲオルギー司令は不在で、幕僚達も半分も揃っていない。


「魔術師にはバリスタの防衛を第一に当たらせて下さい、対空射撃要員以外の兵士は掩体壕(バンカー)への退避を急いで!」


イレーナの必死な声が聞こえた。


「そんなものどうでもいいから、魔術師はここを守りなさーい!」


半狂乱になって叫ぶムラータ政治委員。


「戦闘指揮所は掩体が完了しています、巨石の直撃を受けない限り大丈夫です」


「じゃあダメじゃないの!魔術師はここに残って!手の空いている兵士はぼーっと突っ立って無いで、弓でもボウガンでも射って骨龍をなんとかしなさい!」


ムラータの意見は戦場を混乱させるばかりだ。

小型の弓やボウガン程度の攻撃じゃ、あの骨龍にダメージを与えられないだろう。


バリスタは次々と破壊されていった。

数が少なくなると、骨龍は大胆にも地上すれすれまで降りてきて、巨大な鉤爪で蹴り上げさえした。


「不味い、バリスタが無くなったら、要塞は……」


とは言え、もう守る事は出来なそうだった。

魔術師の張ったシールドさえ、あの骨龍は易々と蹴り破ってしまう。


「ここはいいから、魔術師はシールドを重ね掛けしてでもバリスタを守って!」


その声を聞いたムラータ政治委員は、イレーナをキッと睨み付け、


「私の命令を無視するのか亜人(デミ)!お前を反乱分子と認定する、即刻役職を解きルビヤンカへの出頭を……」


そのままイレーナに掴み掛かろうとする。


おっと、これは見過ごせないな。

俺は二人の間に割って入り、ムラータの前へ立ち塞がった。


「なんだ貴様!」


あなたの行動は越権行為に当たります。

個別の作戦指揮権は、今この戦闘指揮所で最も階級の高いイレーナ首席参謀にあります。あなたではありません。


「ならば貴様にも私の権限を行使してやろう。貴様も反乱分子だ!ルビヤンカへ連行する!」


どうぞご自由に。

もっとも、この戦場から生き残られればですが。


「お、おのれ……」


そしてついに最後のバリスタが破壊された。

シールドを張っていた魔術師ごと掴み上げられ、上空へ放り投げられたのだ。


バリスタが完全に排除されたのを見計らって、黒いガレー船の艦隊が前進を開始した。


やがて要塞の上空へ差し掛かると、ガレー船から次々と小型の樽が投下され始めた。

投下された樽は地面にぶつかって破裂し、紫色の液体を辺りにぶちまけた。なんだ、あれは。


「あれは……猛毒の上位魔術、疫病で産み出された液体です。あれを吸ってはいけません。兵士は早く退避を……」


青ざめた表情でいうイレーナ。


ガレー船艦隊は要塞上空を悠々と隊列を組んで飛び回り、至る所に疫病入りの樽を投下していった。


無謀にも弓矢でガレー船を攻撃する者もいたが、そもそもそこまで届かない。

長距離狙撃用ボウガンでなんとか届いたが、分厚い船底に刺さっただけで、なんのダメージも無さそうだった。


「空を飛ぶなんて卑怯だぞ!下まで降りてこい!」


何処かで兵士が叫ぶ声が聞こえた。

気持ちは分かるがな……


ーー


ガレー船艦隊は要塞のあらゆる所に満遍なく疫病樽爆弾を投下しまくり、やりたい放題やって帰って行った。


投下された樽爆弾は、千個以上に登るという。


要塞内は猛毒と疫病の蔓延る、爆発感染(パンデミック)の様相を呈していた。


猛毒の上位魔術である疫病は、ダメージこそ猛毒より低いものの、高い感染力と持続性があり、じわりじわりと患者を死に追いやる厭らしさがある。


そして治療には同じぐらい上位の光属性魔術が必要で、聖ヘルメス協会の中でも治療出来る者は数名しか居なかった。

これでは感染の広がりを防ぎ切れそうにない。


イレーナも数少ない光属性魔術師として治療に当たったが、元々の魔力総量が少なく、三人目を治療したところでもう崩れ落ちるように倒れてしまった。


「ま、まだ……やれます……次の…人を……」


もう無理です。

あなたが倒れたり、感染したりしたら、元も子もありません。


「悔しい……戦術でも…魔術でも……あの死霊術師(ネクロマンサー)に、勝てない……なんて…」


イレーナは涙を流し、自分の力が及ばない事を悔やんだ。


ーー


初回の襲撃で重傷を負っていたゲオルギー司令は、治療魔術を受けて戦闘指揮所へ復帰した。


疫病の患者数は増加の一歩をたどり、到底治療はおいつかなかった。

要塞内に隔離地域を設けて感染を防ぐことを試みたが、定期的に繰り返されるガレー船艦隊の疫病樽爆弾の空襲で、ほとんど無意味になった。


掩体壕(バンカー)は直接の空襲被害を防いだが、空気感染で広まる疫病の前には無力だった。


「何で感染者の隔離を徹底しないの!無能揃いが!」


ムラータが吠えたが、じゃあお前がやってみろと言い返す気力もみんな失せていた。

口ばっかりで何も出来やしないこいつの言うことを、いちいち相手にするだけ時間の無駄だ。


要塞内に死体の山が積み上がり、酷い悪臭を放ち始めた。

処理法方が無く、敵にアンデッドにされることを防ぐために、まとめて火葬する処置が取られた。


「病気になった家畜の死骸などを、カタパルトで敵の城に投げ込む作戦は、連邦も何度か実践したことがあるようです」


何本も立ち上る火葬の煙を見ながら、イレーナが言った。


「ですが、ここまで疫病を兵器として利用する戦術は、世界初かも知れませんね」


この頃になると、夜の内にこっそり要塞から逃げ出す兵士も現れるようになり始めた。

ムラータは半狂乱になって連れ戻して処刑しろと喚いたが、自分の子飼の政治委員兵士にも脱走者が相次ぎ、そのうち静かになった。


そもそもケーニヒスグラード要塞は平原の直中に軍事上の観点から無理に築かれた要塞都市とでも言うべき存在で、となりの街まで徒歩で移動する事自体が難しい。

脱走するにしても、それなりの装備を持って行かなければ、行き倒れになるだけだろう。


疫病は蔓延し、要塞の兵力は半減どころか、もはや見る影もない。

兵士達のモラルも低下し、いざこざや暴力事件が頻発した。

軍属として要塞内で働いていた女性をレイプしようとする者まで現れた。


「どうせ俺たちはもう死ぬんだ!最後に何やったってかまやしないだろ!」


投獄される寸前にその兵士は叫んだ。


イレーナはそれを見届けると、簡易軍事裁判所を後にして、俺と共に作戦室へと帰った。


作戦室は全員出払っていて、今は俺とイレーナの二人しかいなかった。


「どうせ死ぬなら、最後にやりたいことを、ですか……」


イレーナはポツリとそう言い、俺の方をチラッと見た。


俺はあんな事をやったりなんてしないですよ。


「……ええ。でも、少しぐらいなら……やっても、良いかも…知れません」


やや疲れた表情で俺を見るイレーナ。

いつもより弱っているその仕草が、妙に俺の心にグッと来るものがあった。


……イレーナ。


俺は恐る恐るイレーナの肩を掴んだ。

イレーナは抵抗せず、なされるがままだった。


そのままイレーナの身体を引き寄せた。

イレーナは目を閉じ、お互いに唇を重ね合わせようとした、瞬間。


「敵の骨龍が飛来しました、大規模な攻勢が始まる模様です!」


伝令兵が飛び込んできて、慌てて離れた。


大規模な攻勢、だって?



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