罪悪感
ーーーーーーーーーー 元衛兵視点
イレーナの予想は的中した。
出撃して行ったチャイカ連邦軍は、突如現れた三頭の骨龍に為す術もなく蹂躙されていった。
三頭横並びになって遥か高空を飛ぶ骨龍から吐き出される三本の極太ブレスは、まるで緑色のペンキをハケで地面に塗り潰すように直進し、一薙で千人単位の兵士が吹き飛ばされた。
要するに、あの小城攻略戦の最後に起きた事の再現だった。
「あの骨龍は、どこに隠れていたのだ。あんな巨大な龍を、偵察兵は見落としていたというのか」
参謀の一人が呻いた。
「恐らく、幻影の魔術で隠していたのでしょう」
と、イレーナ。
「……では、敵には青ローブ級の魔術師が何人かいるのか」
「その魔術師は、ついこの間まで味方だった魔術師です。戦死した魔術師をアンデッドにして、使役しているのでしょう」
「なんだと……では、あれは魔術師アデル殿とアスベル殿が……」
「穢らわしい、死霊術師め!」
参謀の一人が机に拳を叩き付けた。
ーー
敗れた兵士達はほうほうの体で要塞に逃げ帰ってきた。
ジュチもジャイカも戦死していた。
骨龍達は深追いはせず、不用意に要塞へは近づいて来なかった。
「対空バリスタを警戒しているのか……」
参謀の一人がそう言ったが、あれだけ高空を自由自在に飛び回れるのならば、バリスタを恐れる必要など無いのではないか。
あれにバリスタを命中させるには、相当確率の低い運頼みになるだろう。
その事はイレーナも理解しているのだろうが、あえて何も言わないようだった。
「まだ、生き残りがいるぞ!」
見ると、遥か彼方の先で騎兵が何頭か動いているのが見えた。
「……いや、あれは……」
遠眼鏡を使用していた参謀が、喘ぐように言った。
「アンデッドだ、奴ら我らの騎兵部隊を、アンデッドにして甦らせている……」
「な……」
参謀たちが見守る中、次々と骨となった騎兵が立ち上がり、敵軍へと加わって行く。
この戦いは、敵に損害を与えるどころか、逆に増強させる結果に終わったのだ。
「……やろうと思えば一気に攻め落とせるはずなのに……何故あんな威嚇のような行動を……我々をいたぶって遊んでいるのでしょうか」
イレーナは感情を押し殺し、淡々とそう言った。
ーー
翌日になり、負傷兵の懸命な治療が続けられる要塞内に、次々と伝令が到着した。
北部方面軍のノース要塞付近にオーク帝国の大部隊が集結しつつあり、一触即発の状態にあること。
オークの略奪部隊が連邦領土内まで深く進攻し、村々を襲っている事などの情報がもたらされた。
略奪部隊に対処する為に部隊を派遣すべきか否かで、またも会議は紛糾した。
これも罠の一環で、要塞から離れれば骨龍に襲われるのではないか、それに要塞内の兵力をこれ以上減らさぬ方が良い、との意見が大勢を占めた。
そんな中、一頭の骨龍が要塞の上空に飛来した。
攻撃開始かと思われたが、骨龍はバリスタも届かぬ高高度を悠々と飛行し、大量のビラを要塞内にばら蒔いて帰って行った。
ビラには、
・ケーニヒスグラード要塞をこちらに明け渡せ
・要塞から退却する者には攻撃しない
・三日後には総攻撃を開始する
と、書いてあった。
「ふざけおって!要塞をただで寄越せだと!」
参謀の一人が憤慨した。
「撤退などあり得ない、我々は絶対に闇陣営などには屈しません!敵前逃亡する者は死罪にします!」
ムラータ政治委員も吠えた。
威勢の良い徹底抗戦の意見が渦巻く中、イレーナは一人浮かない顔だった。
言うべきか黙っておくか、悩んだ末に意を決して発言を行った。
「お言葉ですが、退去できる兵士はそうするべきかもしれません」
イレーナがそう言うと、全員が押し黙って彼女の方を見た。
「そして退去した兵士は後方で再編成し、オークの略奪部隊への対処に当てるのです。民たちを見捨てるべきではありません」
「要塞はどうするのだ、見捨てるのか?」
「要塞は……」
イレーナは一旦言い淀み、
「要塞の防衛に支障をきたす程の抽出は、行わなくて良いでしょう。オークの略奪から民を救えるだけの兵力で十分です」
と、言った。
だが俺には分かった。
イレーナが本当に言いたい事は、そうじゃないと……
「ほう、それで。要塞から脱出して自分だけ逃げ出そうとするその部隊の指揮は、誰が取るのかな?」
嫌味な顔でムラータ政治委員が言った。
「もしかして、君かね?」
「私は……」
イレーナは一瞬絶句した後、
「いえ、私は要塞に留まり、戦いを続けます」
「ふーん。他に指揮を取りたい者は?」
誰も名乗り出る者はいなかった。
「よろしい、では要塞の保持を最優先という事で構わないですね。大局を鑑みて、民には少々犠牲になってもらいましょう。ゲオルギー司令、会議を続けて」
「ふん」
ゲオルギー司令は、軽くため息を付き、
「ならば会議を進めよう。掩体壕の構築状況はどうなっておるか?」
ーー
ケーニヒスグラード要塞の一室。
俺とイレーナとマーサの三人で集まっていた。
対略奪部隊の件、受ければよかったのに……そうすれば、大義名分を得てここから出られましたよ。
「ふふ、さあて……私にも意地と言うものが有ったのかもしれません」
寂しげな笑みを浮かべながら、イレーナは言った。
もう、要塞の陥落は間違いないのですか?
「ええ、恐らくは……ですが、抵抗する手段はまだいくつか有ります。ここでの経験は、後々の戦いで役に立つでしょう」
それは、ここで死なずに済んだ場合の話ですよ……
やれやれ、純粋で真っ直ぐで、そして手間の掛かるお嬢さんだ。
これは本気で脱出方法の確保を進めておかなければ、いけないだろうな。
「それにしてもあのビラ、いったい何の意味があったのかしら。三日やるからここから脱出しろって」
と、マーサ。
「これも罠の一環、かもしれませんが、どうも違うような気がします。要塞内にいる兵士の数を減らしたい、という意図があるように思えます」
と、イレーナ。
「減らす?何の為に?攻略しやすくなるから?」
「分かりません。向こうはやろうと思えば何時でもやれますからね。むしろ、倒した後アンデッドにするのなら、多い方が良いのでは」
……俺は、何となくですが、奴の気持ちが分かる気がします。
「え?」
有り体に言って、これから始まる総攻撃は地獄のような光景になります。
あれは、奴の自分自身への言い訳なんですよ。
これからやる、とんでもない殺戮行為への「俺は逃げろと警告したからな」という言い訳。
それで罪悪感を少しでも軽減したいんです。
「罪悪感?今更あのネクロマンサーにそんな物が……」
イレーナは顎に指を当て、考え込んでしまった。
ーー
さらに翌日。
本当に三日後に攻撃が始まるのか、という疑心暗鬼が渦巻く中、要塞内では掩体壕の構築などの作業が淡々と進んでいた。
不思議と、要塞から逃げ出そうとする者はいなかった。
敵前逃亡は処刑すると言われてはいるが、なんの包囲も受けていない要塞から抜け出すことは、容易であるはずだ。
このまま三日目が来てもなんとかなる、と思い込んでいる正常性バイアスの一種だろうか?
その日の午後。
「自分自身への言い訳で、罪悪感の軽減?中々面白い分析ね、身につまされる話だからかしら?」
唐突に背後から声を掛けられ、振り返るとマーサが立っていた。
「悪いけど、少しあなたの事を調べさせてもらったわ。あなた、あのナガッセが焼け落ちたすぐその後にラザロ司祭の護衛兵士になっているのね」
……。
「ラザロは、災害で職を失って困っている衛兵の一人を、自身の護衛兵士として雇ってあげましょう、なんて考えるような出来た人間じゃないわ。それは私がよく知っている。にもかかわらず、聖教会になんのコネも無かったあなたが、どうしてあいつの護衛兵士になんてなれたのかしら」
……まずいな、もうあの事を隠せそうにない。
イレーナが信頼を寄せるような人だから、マーサは悪い人では無いと思うのだが……
「元衛兵、という割にはあなたの体格はあまり良くは無い。それでもナガッセの衛兵内ではそこそこの地位にいたそうね。あなた、もしかして……」
立ち話するのも何ですから、場所を移しませんか?
ここじゃ誰かに聞かれてしまうかもしれない。
「ええ、良いわよ。移しましょう」
どうやら覚悟を決めねばならない様だ。
まあ、いずれこういう時が来るのは時間の問題だったのだろう。
もう開き直るしかあるまい。




