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愚か者


ーーーーーーーーーー 元衛兵視点


敵部隊発見の報告を受け、直ちに緊急作戦会議が開かれた。


西部方面軍指令ゲオルギーを筆頭に、その配下の部隊長や参謀たちがずらりと並ぶ。

その参謀の中にはイレーナの姿もあった。

ゲオルギーの横にはオブザーバーとしてムラータ政治委員も着席していた。


俺もイレーナの副官として、会議室の末席の辺りに席を与えられている。

参謀付きの副官でしかない俺には会議への発言件は無い。ただ参加しているだけだ。


「敵の規模は?」


「はっ、スケルトン歩兵部隊約五千、上空のガレー船艦隊約三十隻です」


「骨龍の姿は?」


「確認できておりません」


「ずいぶん少兵力だな。ケーニヒスグラード要塞も見くびられたものだ」


参謀の一人がそう言った。


確かにそうだ。

先の戦いで大きく戦力を失ったとは言え、まだ五万以上の兵力が要塞には駐屯しているのだから。


「たった五千では要塞の包囲も出来んだろう。骨どもは本気で攻めてきている訳では無いのでは?」


「敵の主戦力は地上のスケルトン兵ではありません。上空のガレー船艦隊です。あの艦隊に対抗できる攻撃手段は、要塞に設置された二十台の対空射撃用バリスタだけです」


と、イレーナ。


「……では、どうするのだ?」


「バリスタの射程圏内から外へ出るのは控えるべきです。我々はバリスタを死守し、出来ればその増設を行うべきです」


「つまり、籠城しろというのか。たった五千の兵と三十隻の船を相手に、五万の兵隊が」


「消極的過ぎる」


イレーナの意見は会議室をざわつかせた。

あまりに慎重策なのではないか、という意見が大勢を占めた。


「ゲオルギー司令、出撃の許可を頂きたい」


そう言ったのは、騎兵隊長のジュチという男だった。


「先の戦いでは攻城戦主体であったため、一万の騎兵部隊はほとんど参加せず、ほぼ無傷のまま温存されております。この度の戦いは見通しの良い平原で、正に騎兵の独壇場。直ちに出撃し、骨どもを蹴散らしてご覧に入れましょう」


ジュチは日焼けした浅黒い肌を持ち、白い歯がまぶしい健康的な草原男児といった風体の青年だ。

自分の騎兵達に絶対の信頼を持っているのだろう。


「バリスタの射程圏内から外に出る事には反対です。上空のガレー船艦隊から行われる攻撃を、反撃も出来ず一方的に受け続ける事になります」


と、イレーナ。


「ある程度の損害は覚悟の上だ。弓で多少撃たれたぐらいでチャイカ騎兵の突撃は止まらない。地上から広角射撃で弓で撃たれるのも、空から地上に向けて弓を撃たれるのも、大して違いはあるまい」


「そう思わせる事こそが、敵の作戦です」


「なに?」


「あの少数のスケルトン兵は、我々を要塞から釣り出す為の餌なのです。あれは罠です」


「ははは、罠ですか。そんな小賢しい罠など、我が精強なるチャイカ騎兵で踏み潰してくれましょう」


騎兵は最強の突進力を持った戦場の主役であり花形。

中でもチャイカ騎兵は世界最強と歌われ、何度も敵を打ち破って来た存在だ。

……ついこの前までは。


後世の歴史学者は、ジュチを無能な楽天家と蔑むかもしれない。


だが、全く新しい技術が導入され世界がガラリと変わったという事を、すんなりと受け入れられる人間が、どれだけいるだろうか?


「ジュチよ、お前にはジャイカの歩兵部隊一万を付けよう。お前の騎兵部隊一万と合わせて合計二万、これであの骨どもを粉砕してやれ」


ゲオルギー司令は決断を下した。


「はっ、承知いたしました!必ずや勝利をもぎ取って参りましょう!」


イレーナはもう反論しなかった。



ーー



続々と要塞から出撃していくチャイカ連邦軍。

俺はイレーナと二人で要塞の屋上からそれを見送っていた。


「難しいですね、人を説得するというのは。いくら道理を説いても、受け入れてもらえない」


人は感情の生き物ですよ。理性だけでは動かない。

真っ向から正論をぶつけられたら、意固地になって反対したくなるものです。


「寿命の短い人族は、それだけ生き急ぐという事ですか……ごめんなさい、今のは人種差別的な言い方でしたね」


申し訳なさそうな顔で俺を見るイレーナの姿は、少し疲れていて、弱々しく見えた。


「昨日、あなたにあんな偉そうな事を言っておきながら……本当に情けない」


あの二万の部隊は、負けてしまいますか……


「ええ、そうなるでしょう……あのネクロマンサーの戦い方は、いつも厭らしい。罠で相手を誘き寄せて、引き返せないぐらい食らい付かせてから、ねちねちと締め上げて倒す。ぞっとしますね」


そうは言いながらも、イレーナはその戦い方を心のどこかで効果的だと認めている様に、俺には思えた。

厭らしいとまで表現する、その戦術を。


「自分の無力さが嫌になります……あの兵たちが無座無座と死にに行くのを、黙って見ている事しか出来ないなんて……」


力無くうなだれるイレーナ。


俺は居たたまれなくなって、思わずその細い肩に手をやってしまいそうになった、その時。


「イレーナ?」


振り替えって声のした方を見ると、修道服を着た初老の女性が立っていた。


「マーサ!久しぶり!」


と、イレーナ。知り合いなのか。


マーサはイレーナの隣まで歩いて来ると、


「あら、お邪魔だったかしら。この子はボーイフレンド?」


「そ、そんなんじゃ無くて……」


何故かイレーナは少し赤くなって、俺の事をマーサに説明した。


「へえ、男の副官を取るなんて珍しいわね。ああ、申し遅れました。私はマーサ・アレグリア、聖ヘルメス協会の理事の一人です」


じゃあ、神殿騎士団ではかなり偉い人ですね。


「チャイカ連邦軍の参謀にまでなった、イレーナには負けるわよ」


と、マーサ。


「マーサとは長い付き合いでね。私の光属性魔術の師匠でもあります」


と、イレーナ。


古くからの友人、という事か。


「彼は元々聖教会の司祭付き護衛兵士だったの。マーサとはどこかで会った事があるんじゃない?」


「護衛兵士?誰の?」


……ラザロ司祭です。


「ああ……少し前に戦死した……。あの男にこんな若い護衛兵士なんていたっけ?」


あの戦いのほんのちょっと前に、護衛兵士になったばかりだったんですよ。


「で、その後すぐに今度はイレーナの護衛兼副官ですか。ずいぶん変わり身が早いのね」


ええ、司祭が戦死した後、行く当てもなく困っていたところをイレーナに拾われて……


「ふうん?ラザロ司祭の護衛兵士になる前は何してたの?」


……ナガッセで衛兵をやっていました。


「あなた、ナガッセにいたの?知らなかった」


と、イレーナ。


「へえ、ナガッセって大火災が起きて街が無くなるほどだったんでしょ?」


俺の顔を凝視しながら言う、マーサ。


ああ、この話題、あまり長く続けない方がいいな。


……すいません、あの大火災のことは、思い出したくないんです。


「ごめんなさい、不躾な事を聞いてしまったわね。心が苦しいのなら、聖ヘルメス協会にいらっしゃいな。そういう事への治療も行っているから」


聖ヘルメス協会は、要塞に残るんですか?

あまり戦況は芳しく無い様ですが。


「半分ぐらいは聖地へ行ってしまったけどね。治療を必要とする者がいれば分け隔てなく手を差し伸べよ、これが聖ヘルメス協会の最も重要な教え。少なくとも私はそう思っている」


何とか話題は切り替わったか……


あの大火災を起こした張本人が俺だと知ったら、この人たちどう思うだろうな。


俺はそれがバレてしまう事を酷く恐れていた。

イレーナの側に居られなくなってしまう事が、恐かったのだ。



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