防衛準備
ーーーーーーーーーー 元衛兵視点
あの混乱の最中、馬車をひたすら走らせてケーニヒスグラード要塞までたどり着いた。
道中、俺達がいた部隊どころか、後詰めの部隊まで蹂躙され壊滅していく様を、イレーナは呆然と遠ざかる馬車の窓から見つめていた。
引き返してくれ、などとは彼女は言わなかった。
そんな事を今さらしても無意味だと、彼女は理解していたのだ。
ただ馬車の中で深く思案に耽っていた。
「戦争は変わってしまった……これからは、地上での戦い以上に空での戦いが重要になるのでしょう」
制空権争いが起きる、という訳ですか。
「制空…権?……面白い言い方ですね。ですが、本質を突いた言い方かもしれません。敵に空を自由自在に飛び回られては、もう地上からなす術はありません。一方的に叩き潰されるだけです」
……アレを倒す方法は、チャイカ連邦にありませんか?
「残念ですが……何か空を飛ぶ方法でも無い限り……歩兵も騎兵も時代遅れ。そして……」
イレーナは高くそびえ立つ要塞の重厚な防壁を見上げながら、
「この要塞も時代遅れ。この防壁で、骨龍も、空を飛ぶ黒いガレー船も、全く防ぐことは出来ないのです」
ーー
「あれだけの兵力を使っておきながら、小城一つ落とせないばかりか、大損害を受けて敗退するなど、どれだけ無能揃いなのですか、西部方面軍は!」
会議室で、ムラータ政治委員が吠えた。
「ドミトリー将軍は戦死、私が送り届けた魔術師達も全員行方不明とは……断じて許しがたい。この事は軍本部とシューチン国王陛下へ失態として報告いたしますからね!」
「好きにしたまえ、政治委員殿。もはや事態はただの戦争の域を越えた、新たな局面に入ったのだ。我らの敵は取るに足らない小城などではない。邪神アザトースとそのしもべどもなのだ」
と、西部方面軍司令ゲオルギーが言った。
「ふん、報告書にあった空飛ぶ船とかいうオモチャですか。そんなもの、すべて弓矢で撃ち落としてしまえばいいでしょ!」
「ええ、その準備が必要だと思います」
と、イレーナ。
「直ちに全てのバリスタを対空射撃用に改造し、更に新規で設置することを進言します」
「良いだろう、直ちに実行に移せ……他に何か必要な事はあるか?」
ゲオルギーに言われ、次々とイレーナは対抗策を述べた。
食料など重要物資の地下倉庫への移動。
空からの攻撃に耐えられるだけの掩体壕の設置。
毒攻撃に対処するための光属性魔術師の配備。
「聖教会の者達は続々と要塞を離れていっているのだ。聖地の防衛にあたる、などと理由をつけてな」
「聖ヘルメス協会の者だけでも踏み留まらせて下さい。彼らの対毒魔術が必ず必要になります」
「聖教会は連邦方面軍の指揮下にはないが……そこはどうにかしよう」
「それから……」
ややイレーナは言い難そうに、
「あの死霊術師との交渉を。お互いが中立を守るという取り決めが結べれば、戦う必要は無くなるかもしれません」
「それは越権行為だぞ、亜人」
ムラータ政治委員が吠えた。
「対外交渉には国王直属の機関である、人民政治委員会がとり行う。貴様ら軍人は戦うことだけ考えておれば良い」
「ならば、彼らと交渉して下さい。こちらから手を出さなければ、彼らは何もしない可能性が高い。現にツラギ王国などは……」
「邪悪なる者共と交渉など誰がやるものか!良いか、絶対にケーニヒスグラード要塞を死守しろ、敵前逃亡する者がいたら政治委員特権で処刑する!」
凝り固まった、柔軟性のかけらもない、ムラータ政治委員の態度。
だがこれは彼だけを責める訳には行かないだろう。
チャイカ連邦では幼年学校の頃から、闇陣営の者どもがいかに邪悪で悪逆非道な連中か、ということを繰り返し刷り込んでいくカリキュラムが組み込まれている。
中には歴史的に考えてあり得なさそうな逸話も数多くあるが、チャイカ連邦ではそれに意義を唱える事など許されない。
結果、馬鹿真面目な奴ほどムラータのような人間になる。
ーー
急ピッチで進められる、要塞内の工事。
その様子を見て回るイレーナの護衛兼副官として、俺はその後に続いて歩く。
これで、あの死霊術師の部隊に対抗出来るのですかね。
「対空射撃用バリスタ、これがどこまで通用するかでしょうね。全二十台あるうち、専属の魔術師を付けて誘導射撃が出来るのは新設の五台だけ。もし、敵がこのバリスタでも届かない様な高高度から攻撃出来るというのなら、もう戦争にすらなりません。空から一方的に空襲されて終わりです」
そこまで勝ち目が薄いと分かっていながら、それでもここに留まり続けるんですか?
いっそ、逃げてしまえば……
俺がそう言うと、イレーナはピタリと歩みを止め、こちらへ振り返った。
「私は軍人です。たとえ勝算の薄い戦いとなっても、兵を率いて最善を尽くして戦うのが仕事です。それを途中で放棄するつもりはありません」
……俺が言うのも何ですが、連邦はエルフを迫害したりするような国で、あまり良い国では無いですよ。
あなただって、ハーフエルフだからという理由で侮辱されたりしている。
もしハーフではなくエルフなら今頃コロニー送りでしょう。
それでもこの国のために戦うというのですか。
「……色々問題のある国だっていうことは認めます。それでも私の産まれ育った国だし、そこに住む人々は悪い人ばかりじゃありません。見捨てる事なんて出来ない」
イレーナの言うことは、多分正しい。
ナガッセを守る立場にありながら、スラム街に火を放ち、最後は放置して逃げた悪党の俺なんかとは、正反対の人間なのだ。
その言葉は俺の胸に深く突き刺さり、痛みを覚えるほどだった。
「……あなたは元々聖教会の司祭の護衛兵士でしたね。私がスカウトして、副官になってもらいましたが……これ以上連邦に付き合えないと言うのなら、聖教会に戻っても良いですよ。聖地の防衛にあたりたいのなら……」
いえ、俺はあなたの副官です。
あなたが俺を罷免するまで、どこまでも付き従いますよ。
そして副官であると同時に護衛でもあります。
もう最後の最後で撤退するしかない、という時になれば、無理矢理にでも馬車に押し込んで脱出しますからね。
あの城攻めの時のように。
「……。」
俺がそう言うと、イレーナはじっと俺の顔を見つめた後、
「ふふっ、分かりました。その時はお願いしますね」
と言って、微笑した。
イレーナ、あなたは多分正しい。
でもそれじゃ正し過ぎて死んでしまいますよ。
俺はあなたが死ぬ所なんて見たくないんです。
「……でも、その心配は杞憂かも知れませんよ?案外、こちらから手を出さなければ、あのネクロマンサーは何もしてこないかも……」
と、突然そこへ従兵の一人が走り込んで来た。
「こちらにおられましたか。急いで会議室へ、偵察隊が敵軍の動きを察知したそうです」
「……!分かりました、直ちに」
一度狂った歯車は、そう簡単には元へ戻らない。
それが時代の流れというものなのかもしれない。




