巣穴制圧戦
ゴブリン2匹に先導させ、森の奥へと進んで行く。
もうかなりの距離を歩いたので、ここではぐれたら迷子になりそうで、ちょっと怖い。
更に進むと森を抜け、かなり開けた場所に出た。
向こうには、切り立った崖の側面に空いた洞窟らしき穴の入り口と、門番に立っているゴブリンが2匹見える。
門番ゴブは最初は仲間が戻ってきたと思っていたようだが、俺と犬の姿を見て訝しんでいる。
敵だとバレる前に、さっさと先制攻撃を始めた方が良さそうだ。
下僕5匹を門番ゴブに突撃させる。
門番ゴブは慌てて槍を構えるが、5匹がかりじゃ勝負にならず、あっという間に1匹倒された。
もう1匹は洞窟の奥へと逃げ込んだ。
襲撃の報告をしに行ったのだろう。
倒された門番ゴブも直ちにゾンビ化し、これで下僕6匹。
門番ゴブには、引き続き門番の仕事を継続してもらうことにしよう。
洞窟攻略中に外出していたゴブリンが戻ってきて、中で挟み撃ちにされたくはないからな。
1匹引いて残り5匹。
このままゴブリンの巣穴を攻略してやろう。
ゴブリンの巣穴。
と聞くと、そこはかと漂うこのHな響きは何なのだろう。
昔はそうでも無かったのだが、近年急にそうなった気がする。
初等魔術の暗視を自分にかけた。
これで松明も照明も必要なく、暗い洞窟でも視界が確保できる。
ゾンビ達には元から必要がない。
彼らアンデッドの目に映るのは明暗関係なくマナの流れだけらしい。
マナというのは……あー、ここから先はそのなんとかいう魔術学校ででも聞いてくれ。
巣穴の道幅はあまり広くなく、横に並んで戦えるのは二人が限度のようだ。
ゴブと犬をセットにして2組つくり、俺の前を進ませる。
余った犬1匹は俺の後ろに配置しておく。
近接戦闘は全部コイツらに任せて、俺は安全に後ろから支援系の魔術でもかけてやればいい。楽だ。
一本道を進んで行くと、ややあって粗末な木製のドアが見えてきた。
先頭のゴブにドアを蹴破らせ、中へ入る。
敵の待ち伏せでもあるかと思ったが、以外にも藻抜けの空だった。
こりゃ後の部屋に戦力を集中させてるパターンかね。
ゴブリン側の方も、昨日4匹今日3匹の人数を失っているわけだから、戦力は下がっているはずだ。
部屋を軽く探索したが、粗末なテーブルと椅子や木箱があるだけで目ぼしい物は特にない。
奥へ進むドアを開けて先へ進む。
ドアの先は短い一本道で、もう次の部屋のドアが見えていた。
先頭のゴブにドアを蹴破らせ、ゾンビ犬を突入させる。
と、いきなり左右から野太い棍棒が現れ、ゾンビ犬が叩き潰された。
あれだけペチャンコだと、もうゾンビ復活は無理だろう。
すまないゾンビ犬。君の犠牲は無駄にしないよ。
下僕達に一旦進行を停止させ、様子を見ることにする。
次の部屋の入口の両側で何者かが待ち伏せしており、入ると同時に殴り掛かってくるようだ。
1度に1人か2人しか入れないのだから、この作戦はかなり有効だな。
さて、どうするか。
無理やり全下僕を全力で走らせて、部屋へ突入させてやろうか?
何匹かは棍棒の餌食になるだろうが、突入に成功した生き残りで部屋を制圧する。
駄目だな、部屋の中に何人いるかも解らんからそのまま負けるかもしれん。
あの野太い棍棒を見る限り、中の奴は結構強力な個体だろうし。
ここはちょっと上級な魔術を使って、部屋の中を一掃してやる事にしよう。
俺は杖を掲げ、部屋の中へ魔術を行使する。
猛毒雲。
範囲系の攻撃魔術で、雲の中の奴全員に猛毒の効果をもたらせる、猛毒の上位魔術。
部屋の広さに対して、猛毒雲の効果範囲は少し広すぎたようだ。
溢れ出た毒雲が通路側まで漂ってきた。
自分の魔術で自爆しちゃたまらんから、少し下がる。
アンデッド達には毒は効果無いから問題はない。
毒が広まると阿鼻叫喚の叫び声が洞窟内に響き渡った。
部屋から大柄なゴブリンが通路に逃げ出そうと飛び込んできたが、下僕達に串刺しにされて崩れ落ちる。
そのゴブリンが邪魔になって他の敵は外に逃げ出せなくなったようだ。
暴れまわる音がしばらく響いていたが、やがて静かになった。
それでも念のため、更にしばらく待つ。
もう良いかな?
放っておいても雲はやがて霧散するが、この洞窟内ではかなりの時間がかかってしまう。
俺は自分でかけた魔術を解除し、まずは下僕達に先に部屋に入らせる。
反撃は無い。
確認してから自分も入った。
ここは前の部屋よりやや大きめの部屋で、どうやら寝床として使われていたようだ。
大柄ゴブリンの死体が2匹、普通サイズのが3匹。
全部ゾンビにして下僕に加える。
これでゴブリン8匹と犬2匹。
全部で10匹も下僕にしたが、まだ問題なく魔術が使えるようだ。
俺の元MPはいくつなんだろう?
それとも下僕の数にMPは関係無いのかね。
奥へ進むドアは1つだけで、開けるとまたも一本道だ。
ここまで全部一本道で、分かれ道が無い。
ここを作ったゴブリンはシンプルイズベストな奴なんだろうな。
この通路はやや下り坂になっているようだ。
先へ進むにつれ、通路は段々と道幅や高さが広くなっていき、やがて部屋サイズの大きさになった。
どんどん進むと行き止まりに敵の姿が見えた。
ローブに身を包んで杖を持ったゴブリンが1匹、錆びてない剣盾を持ったゴブリンが2匹。
ゴブリンメイジ1、エリートゴブ2。
どうやらここが終点か。
ゴブリンメイジはあきらかに動揺しているのが見てとれた。
そりゃそうだろう、
今やこの巣穴は、ゴブリンよりもアンデッドゴブリンの方が数が多くなった。
ゴブリンの巣穴改め、アンデッドゴブリンの巣穴だな。
ゴブリンメイジが杖を掲げ、魔術を行使する。
火属性魔術、火球。
いいなあ、あれこそ魔術師の技だよ。
何で俺のは地味な技ばかりなんだ。
けど、あれをそのまま喰らうわけにはいかないな。
初等魔術、魔術解除。
放物線を描いてゆっくりと飛んできた火球が、掻き消されるように空中で消失した。
どうやらゴブメイジより俺の方が魔術レベルが上らしい。
エリートゴブ2匹が剣を抜いてこちらへ走って来るのが見えた。
直ちにこっちも下僕全員に攻撃を命じる。
最後の戦いが始まった。
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ゴブリンメイジは馬鹿の一つ覚えのように火球を何度も行使し、その度に俺に掻き消されている。
前線ではエリートゴブ2匹と下僕9匹が接近戦を繰り広げているが、ほぼ互角かややこちらが有利といったところだ。
あのエリート、たった2匹でよく持ちこたえられるな。
前線に支援魔術として猛毒雲でも撃ち込んでやれば形勢は逆転するかもしれないが、ゴブメイジの火球を潰すのに忙しくて撃ち込む余裕が無い。
アンデッドはだいたい火に弱いのだ。
火球を潰すのを止めてでも猛毒雲を撃ち込むべきかどうか、判断が難しい。
ゴブメイジの目的はそれなのかもしれない。
馬鹿の一つ覚えなんかじゃなく、俺に魔術を使わせないようにしているのだろう。
だがこのまま時間稼ぎをしていても、魔力が尽きるのは向こうが先なんじゃないのかね。
魔術解除より火球の方が消費する魔力は多いのだ。
何か逆転の策でもあるのか?
そもそもたった3匹で……ん?
たった3匹なんて、俺の勝手な思い込みか?
なんとなくゾクッとして背後を振り返った。
忍者みたいな黒装束を全身に纏った小柄なゴブリンが1匹、近くまで忍び寄っていた。
なんだこいつ、ゴブリンニンジャか?ゴブリンアサシンか?
門番は今だ健在なのに。この一本道ダンジョンのどこで背後を取ったのだ?
足音もさせずに忍び寄っていたそいつは、俺と目が合うと一気に加速して距離を詰めてきた。
自慢じゃないが俺の運動神経は前世でも大したこと無いが、この世界ではもっと大したことがない。
大慌てで右手で杖を掲げ、魔術を行使しようとする、よりもずっと速く、ゴブニンジャが短刀を振るう。
骨ごと肉を斬られるザシュッという音と、とんでもねえ激痛。
俺の右腕は切り落とされ、杖と共に下に落ちた。
すかさずゴブニンジャは、杖ごと右腕を遠くへ蹴り飛ばす。
痛い。痛みに耐えきれず、身体が崩れ落ちる。
(杖が無いから魔術が……)
残った左手でゴブニンジャの足元になんとか触れる。
(……直接接触しないと使えないんだよ)
闇属性魔術、損傷転移。
俺の右腕がにゅるんと生え。
逆にゴブニンジャの右腕が切断される。
さすが闇属性、回復魔術といえる術も何か禍々しい。
突然の激痛に驚愕するゴブニンジャ。
俺は落ちていたゴブニンジャの右腕から短刀をもぎ取り、立ち上がりながら腰だめに構えてそのまま突進する。
「……!」
逃れようとするゴブニンジャに、体当たりしながら短刀を突き刺す。
相手の身体に短刀が深々と突き刺さっていく、嫌な感触。
「……うっ……ぐああっ!」
何か違和感のある声。雌のゴブリンなんだろうか?
一気に引き抜くと血が溢れ出し、ゴブニンジャは倒れた。
その生死を確認している暇は無い。
急いで蹴り飛ばされた杖に向かって走る。
杖を拾い上げるのとほぼ同時に、ゴブメイジの火球が炸裂した。
ゴブメイジはエリートゴブを巻き込んででも、俺の下僕達を焼き払おうとしたようだ。
半数近い下僕が焼け焦げて打ち倒された。
吹き飛ばされたエリートゴブもダメージを喰らってはいるようだが、起き上がると再び剣を手にする。
俺はそのエリートゴブ達に向けて、魔術を行使した。
猛毒雲。
この位置からではエリートゴブ2匹は範囲内だが、ゴブメイジまでは遠い。
普通のゴブリンがあれだけ苦しんだ猛毒に、エリートゴブは耐えながら武器を構えた。
なんてタフな奴だ、さすがエリート。
消し炭にならずにすんだ残りの下僕達で、あの2匹に勝てるだろうか?
2匹の奥には更にゴブメイジもいる。
あの火球で魔力を使いきったのか、床に手を付き肩で息をしているのが見えた。
だがいずれ回復し、戦線に復帰するだろう。
さっきのゴブニンジャはまだ生きているだろうか?
死んでいるならゾンビに変えて、こちらの戦力に加えてやろう。
生きているのなら、その時は……
弓ゴブに不意討ちを喰らった時の事を思い出し、慎重にゴブニンジャへ近づく。
ゴブニンジャの纏っていた黒装束は大きくはだけ、その中の姿が露になっていた。
褐色の肌、流れるようなショートヘアの銀髪、そして先端の尖った耳。
こいつはゴブリンじゃない。エルフだ。それもダークな方のエルフ。
はだけた胸元に、控えめだが形の良い丸い膨らみが見えた。
更に訂正。彼女はダークエルフの少女。
相当出血が酷く、既に息も絶え絶えだ。
放っておけば直ぐに死んでしまうだろう。
それを待つか早めるかして、こちらの戦力に加える手もあるが、今回は別の手段を取ることにする。
左手で彼女の身体に触れ、右手で杖をエリートゴブに向かって掲げる。
損傷転移。
この回復魔術は、同時に強力な攻撃魔術にもなる。
彼女の傷がみるみるうちに癒えていき、エリートゴブの1匹は、片腕を失い、脇腹に深い刺し傷が擦り付けられ……ついに耐えきれず倒れた。
直ぐに死者使いでエリートゴブを下僕に加える。
これで完全に勝敗は決した。
もう1匹のエリートゴブも多勢に無勢で倒されて下僕に変わり、最後は部屋の隅に追い詰めたゴブメイジを袋叩きにして終了。
さて、これでゴブリンは全部片付いたようだが、あとは……
ダークエルフの少女は床に突っ伏したままだった。
ピクリとも動かない。
えっ、もしかして、もう……
恐る恐る近づいて、様子を伺う。
微かだが呼吸音がしているのが解った。
彼女は気絶してしまっているだけのようだ。
ふう……。




