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切り札

 

「これは……さすがに、きついですね……」


 イージスルームの中。

 サイアが小型水晶板を見ながら、呻く様にそう言った。


 毒でやられた者、スケルトンに斬られた者、今やネファラム城の中庭は死体で溢れかえっている。

 まあ、元からアンデッドだらけの城ではあったが。


 水晶板の映像を城外へと切り替えた。

 隊列を組んだスケルトン兵達が、逃げ惑う敵軍を追撃し、次々と討ち取って行く様子が映った。


「あれは、聖ヘルメス協会の連中ですね……知ってますか?あの協会って半分以上が女性なんですよ」


 そうか、そりゃ男女雇用機会均等法に配慮した、素晴らしい職場だな。

 まあ、戦場は男も女も関係ない。

 わざわざ出て来て殺し合いに参加している以上、私たちだけ助けて、なんて通用するか。


 城内の掃討はもう完了したようで、中で戦闘を行っているスケルトン兵はもういない。


 まだどこかに生き残りが潜んでいるかも知れないが、部屋の外へ出る為に猛毒霧を消去した。


 元々俺が発生させた猛毒霧をタンクに圧縮して詰め込んで、城内のいたるところに設置していた物だ。消すのは一瞬で終わる。


 厳重にロックしていたドアを開放し、外へ出た。

 あちこちに転がる敵兵の死骸。

 その合間を縫って、スケルトン兵達が生き残りがいないか捜索を続けている。


 城外では残敵への追撃が行われている。

 もはや敵に組織立った行動は取れていない。


 勝った。と、思っていたのだが……


「ちょっとアレ見て、北の方」


 サイアに言われて北側に回ると、遥か彼方に軍勢が見えた。


 何っ?


 小型水晶板を北側の高高度映像に切り替えた、が、そこには何も映っていない。平原が広がるのみだ。


 しかし肉眼で見ると、軍勢は確かに存在した。

 それもかなりの規模の大軍勢。


 俺は黒玉石を取り出し、ピアに連絡を取る。


 ピア、北側に軍勢が肉眼で見えるのだが、戦闘情報中枢(C.I.C)の映像で確認できるかい?


「北側に?……いや何も、平原が映るだけだぞ……いや、まて、何かがおかしい」


 北側の軍勢から、軍旗が立ち上がるのが見えた。

 チャイカ連邦軍旗、間違いない。


「エイジ君、急に軍勢が現れたぞ、この規模は……二万以上だ」


 二万……なぜ今まで骨鳥の映像に映らなかったのだ?


「敵兵の中に、青ローブが何人か見えますね。多分、幻影(イリュージョン)の魔術を用いていたのでしょう」


 遠眼鏡で北側を観察しながらサイアが言った。


 そうか、上方にだけ幻影(イリュージョン)を展開し、軍勢を骨鳥から隠していたのだ。

 上方のみで稚拙な映像なら、魔力消費量も抑えられる。

 骨鳥偵察の裏をかかれた、ステルス装置。

 低空偵察を封じられていた事が悔やまれる。


「どうするんですか。まだ、何か手が……」


 不安そうなサイアの声。

 あの大軍を見れば無理もない。


 要するに、今まで総攻撃だと思っていたのは、ただの前衛による地ならし処理で、これから本当の総攻撃が始まるわけだ。


 まったく、こんな小城にどこまで必死なんだコイツら。


「城への包囲網が崩壊している今なら、城を捨てて脱出を図る事も出来るかもしれないですよ」


 城を捨てて逃げるか。

 確かにそれも……いや、城を絶対に守るとピアに約束をしたんだ。

 その選択を今は選ぶべきじゃない。


「あの、早くしないと……」


 ああ、ごめん。

 切り札の数がまだいっぱいあってね、どれを選ぶか悩んでたんです。


「えっ?」


 俺はルナの手を握り、その顔を真正面から見つめる。


 ルナ、やって欲しい事がある。

 一緒に屋上まで来てくれ。


「分かった」


 ルナはコクリと頷いた。


 ーー


 ネファラム城の屋上へ移動した。


 これから行う事は、ルナに相当な負担を強いることになるかもしれない。

 ミスは許されない。慎重に事を進める必要がある。


 ルナ、魔術を行使するために君の魔力を借りたいのだけど、これから行う魔術は、今までで最も大きな魔力を消費することになると思う。


 恐らく君は昏睡してしまうだろうし、もしかしたらもっと酷いことになるかもしれない。

 今まで一度も挑戦したことが無いほどの量だから、どうなるか俺にも分からないんだ。


 ……それでも、魔力を貸して欲しい。頼む……


「……。」


 ルナはじっと俺の目を見つめていたが、


「どれだけ魔力を引き出しても、あたしの命に別状は無いから大丈夫」


 そ、そうか。


「あたしの事を心配してくれて嬉しい……ありがとう。でも、そこまで言うほどの事ならば、一つあたしのお願いを聞いて欲しい」


 ああ、いいとも。何だって聞いてあげる。


「……それじゃあ」


 ルナは少し目を反らして顔を赤らめながら、


「いつもピアにやっていることを、あたしにもやって欲しい……」


 え、やっている事って……?


「……主に夜にやっている事。時々昼でもやっているけど」


 ……それって……アレですか?


「うん、多分ソレ……」


 ……。


 俺は少し真剣に考えた。

 恐らく、ルナは本気だ。

 ここで茶化して「いやあ、それは浮気になっちゃうから出来ないよー」とでも答えてしまって、本当にいいのか……。


「あの、チャイカ軍が、もうそこまで……」


 遠巻きに見ているサイアの焦る声。


 俺はすぐにここで決断しなければならない。


 ……君が本気だって事は分かった。

 だけど、それは俺の考えだけでは決められない。

 ピアと相談しなければいけない。

 返事はその後になるけど、それでも良いかい?


「……。」


 ルナは再び俺の目をじっと見つめ、


「分かった……じゃあ、せめて……キスして」


 …………ああ、分かった。


 俺はルナの身体を引き寄せた。

 ルナはなされるまま俺に身を預け、静かに目を瞑った。

 俺は顔を近づけ、ルナと初めての口付け(ファーストキス)をした。


 しばらくの間、ピアよりも更に華奢で柔らかいその身体を抱きしめていたが、やがて唇を離し、まだ少しぼうっとしているルナの身体を片手で抱き抱えたまま、懐から一枚の魔術スクロールを取り出す。


 死者召喚(サモンアンデッド)のスクロール。

 過去に下僕にしたアンデッドをもう一度呼び出す事ができる。

 遺跡での戦いの前に、ソフィアから貰ったスクロール。


 いくよ、ルナ。


「……うん」


 コクリと頷く、ルナ。


 威力増強、対象数増加、死者召喚(サモンアンデッド)


 大気が渦巻き、地面が震えた。

 魔力を持たぬものですら感知するであろうほどの奔流が、華奢でか細いルナの身体からゴッソリと引き出される。


「……あはぁっ!……ああ、あああっ!!」


 目を大きく見開いて、びくんびくんと何度も弾ぜるルナの身体。

 俺はルナの身体をギュッと抱きしめ、更に魔力を絞り出すように引き出していく。


 ごめん、ここまでやって、本当にごめん。ルナ……。


「……これは、なんて凄まじい……歴史書に記されるレベルだわ……ここまでの、魔力が……」


 呻くように呟く、サイア。


 俺は魔術スクロールを天に掲げた。

 一回だけの使いきりアイテムであるそれは、見えない炎で燃え尽きるかのように、虚空に消えた。


 入れ替わるように天空が歪み、その膨大な魔力に匹敵するだけの存在が、ゆっくりと姿を現した。


 百メートル級の大きさのボーンドラゴンが四頭、ネファラム城の上空で旋回を始めた。


 あの時のガーディアンモンスターであった個体よりも、更に大型なボーンドラゴン。


「……ぅ……ぁ……」


 口の端から涎を垂れ流しながら、ルナの身体から力が抜ける。


 昏睡したルナの身体を引き寄せ、俺は涙声になりながら四頭の骨龍に命令を与える。


 お前ら、あそこにいるチャイカの糞どもを、空からブレスで一人残らず全滅させてやれ!


 ーーーーーーーーーー


 それから行われたのは、戦争と呼べるような代物では無く、一方的な屠殺行為だった。


 弓も魔術も届かない高高度を悠々と旋回する大型ドラゴンから吐き出される緑色のブレスで、二万人の人間が虫けらのように蹂躙されていく。

 ブレスを浴びて猛毒で倒れる者よりも、その水圧で圧死する者の方が多い有り様だった。


 四頭の骨龍達は、俺からの命令を忠実に守り、逃げ惑うチャイカ兵達を何処までも追い詰め、容赦なく始末していった。


「こんな切り札を、まだ隠し持っていたなんて……やはり、あなたは、あなたは……」


 その場にペタンと尻餅を付くサイア。


 俺は昏睡してしまったルナの身体を抱きしめ、その頭を優しく撫でてやった。


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