幕間劇「綻び」
ーーーーーーーーーー エイジ視点
サイアさん、ツラギに手紙を送るけど、何か伝えておきたい要件とかあります?
「え、手紙?送れるんですか?」
ヒルダ王女に頼みたい事があるので、骨鳥を飛ばそうかなと。
ついでで良ければ一緒に送りますよ。
「うーん、特には……元気でやってます、ぐらいかなー」
ライガーにとか、いいんですか?
「……ライガーとは別に特別な関係じゃありませんよー。単に魔術師と護衛士というだけで。最近のライガーはムラカ第二王女の私室に良く行ってました、あの祝勝会の一件以来仲が良くなったみたいで」
マジですか。
人間何がどう転ぶか分からないものだね。
ーーーーーーーーーー 元衛兵視点
最初に異変が起きたのは、兵糧庫だった。
夜間に大火災が発生し、かなりの物質が焼けてしまったのだ。
「何をやっとるか、この馬鹿者が!」
ドミトリーは激怒し、警備担当者は厳罰に処された。
当直警備員によると、夜に突然火の玉が何個も落ちてきた、との目撃情報があったそうだ。なんだかオカルト地味ている。
「空から、というのがどうも……これも骨鳥を使った攻撃方法の一つかもしれません」
と、イレーナ。
上空から火種を投下して兵糧を焼き討ちか。
あのネクロマンサーならやりかねない。
「……。」
なおも考え込むイレーナ。
まだ、何か?
「もしかすると、私たちは時代の転換点に居るのかもしれません。今まで戦場の花形であった軍馬の時代が終わり、その次は……」
ーー
兵糧の大規模焼失の次に起きたのは、補給部隊への襲撃の増加だった。
輸送スケジュールを読まれないように、時間帯もルートもランダムに毎度変更して、補給部隊を出発させていた。
にもかかわらず、毎回のようにオーク帝国からの襲撃を受けた。まるで最初から分かっているかのように待ち構えているのだという。
「実際、オーク達は分かっているのかもしれません」
と、イレーナ。
「あの骨鳥が、ネファラム城周辺のみならず、平原一帯やケーニヒスグラード要塞にまで張り巡らされていれば、こちらの輸送ルートは全部筒抜けになってしまいます。ネファラムから情報提供を受けて、襲撃する取り決めが事前に行われていたのかも」
結局、強力な護衛部隊を輸送隊に付ける事で襲撃は収まった。
が、輸送効率は大きく低下する事にならざるを得なかった。
補給物資が滞り始めると、すぐに前線に影響が現れた。
まともに物質が受け取れるのは、チャイカ連邦正規軍と神殿騎士団だけとなり、構成国の派遣部隊やゴウラ王国、傭兵部隊達には細々としたものしか与えられなくなった。
明日食う飯にすら困るような状況に、追い込まれつつあったのだ。
元々、ケーニヒスグラード要塞からここまで、非常に長い後方連絡線を必要としていたのだ。
兵站の脆弱性はかねてから指摘されていたが、そこを正に敵に狙われる形となっていた。
「これでは兵糧攻めを受けているのは、敵ではなく我々の方ですね」
他人事じゃ無いんですよ、イレーナ。
俺達が食う飯もかなり質が低下しました。
毎日食えるだけ、まだマシですが。
「ナガッセの街がまだ健在ならば、そこから得ることも出来たでしょうが、無くなってしまったのが悔やまれます」
……。
ーー
前線の士気は見る間に低下していった。
傭兵達の中には、まともに飯が食えないのなら帰ると言い出す者まで現れ始めた。
そんな中、ゴウラ王国軍が部隊を撤収させたいと打診してきた。
ツラギ王国が国境線付近に集結しており、大規模な演習を行っているというのだ。
この機に乗じて、ツラギ王国がゴウラに攻め込む、そんな事があり得るんですかね。
「闇陣営との戦いの最中に、手薄になった光陣営の隣国へ攻め込む、なんて事をやってしまったら国際社会から大きな非難を受けるでしょうね。そんな事をするのはどこぞの連邦だけです」
声が大きいですよ、イレーナ。
「ツラギの演習はあくまでパフォーマンス。ゴウラもその事は百も承知でしょうが、この不毛な戦いから足抜け出来る、大義名分として利用しているのでしょう」
実際、ゴウラ王国にしてみれば、この戦いで勝とうが負けようが、得られるものは何もない。とっとと帰りたい、というのが本音だろう。
ゴウラ王国が撤収を打診したことが知れ渡ると、他の連邦構成国の連中も、色々と理由をこじつけて撤収する事をほのめかし始めた。
彼らにとっても状況はゴウラ王国とほとんど変わらない。
連邦本国に言われて渋々参戦したが、勝ったところで領土が増えるわけでもないし、負けたら丸っと大損である。
あんな小城一つ、簡単に蹴散らせると考えていたのだが、予想に反して手強く、戦いは長引いた。
厭戦気分が広がり、各国の足並みは乱れ、空中分解の様相を呈し始めた。
「これもあのネクロマンサーの思惑通りだというのなら、大した外交手腕ですね。オーク帝国だけでなく、ツラギ王国とも事前に話を付けていた、ということでしょうか」
全くだ。いったい何者なんだアイツ。
ーーーーーーーーーー エイジ視点
へっくしょ!
「あら、風邪ですかー。なんなら今晩あたり温めてあげましょうか、人肌で……」
またそういう事を言う……
サイアさんと一対一でいると恐いから、もう止めておきます。
「そんな事ないですよー、もうあんな事はしませんから、ね、ね?」
ほんとですかぁ?
ーー
「接触魔術であなたの首筋を……」
ほら、やっぱりやるじゃないですかぁ……
「……ごめんね、エイジ。今日のは冗談じゃないの……」
そのまま俺の首筋を、ググっと。
えっ!、あの……
「……というのも冗談でしたー。てへぺろ」
もういい!もう帰る!
「待って、待って。もうやらないですからー」
ーーーーーーーーーー 元衛兵視点
広がる厭戦気分を一変させたのは、ある黒塗りの馬車が到着してからだった。
馬車から降り立った、神経質そうな眼鏡の男。
その軍服に付けられた腕章を見て、誰もが押し黙った。
内務人民委員部の政治委員。
秘密警察と強制収容所の総元締めの連中が、なぜここに。
「恐らくは督戦が目的でしょう」
と、イレーナ。
「噂では、東部戦線もあまり状況が芳しく無いようです。西部方面軍から部隊を引き抜いて東部へ増援を送りたい。そのために、この城の攻略をさっさと終わらせろ、といった所でしょうか」
しかし聖教会とは犬猿の仲なコイツらが教会主体の戦争にまで出張ってくるとは……。
このまま空中分解して戦争が終わるんじゃないか、という淡い期待は消えた。
やはり最後にひと波乱あるらしい。
ーー
「こんな小城を攻め落とすのにいつまで掛かっておるのかと、軍本部はいぶかしんでおるよ将軍」
「は、はあ。何分、予想以上に手強い相手でして……」
あの怒鳴りちらしていたドミトリー将軍が、政治委員の前では実にしおらしい。
無理もない。もしこの男に反乱分子の烙印を押されれば、将軍といえどもルビヤンカの地下牢へ送られる事になりかねない。
そこで行われる凄惨な拷問は、筆舌に尽くしがたい凄まじさらしい。
「言い訳は結構だ将軍。軍本部は朗報だけを期待している。
……直ぐに総攻撃を始めたまえ。多少の損害は出ても構わん」
「現在、増援部隊の手配を整えております、それが済み次第に取りかかろうかと……」
「あんな小城ひとつに、まだ兵力が必要だと、君は言うのかね」
「……。」
「直ぐに取り掛かりたまえ。出来ないというのなら、強制収容所で木を数える仕事に就いてもらう。いいね」
言いたいことだけ言って、政治委員は本陣を去ろうとした。
ふと、出口付近で無表情で直立しているイレーナの方を向いた。
「亜人が」
イレーナの足元に唾を吐き捨て、出ていった。
イレーナはハーフエルフなのだ。




