屋上
ツラギ王国からの提案を受け、サイアをネファラム城に招き入れた。
確かに、魔術師が一人いるだけで、城の戦力はかなり底上げされるだろう。
だが、あの帰り道での戦闘やトトラの件、ミラージ所属である事など不安要素が多い相手であり、どこまで信用する事が出来るのか、俺にはまだ分からなかった。
ーー
俺はサイアを連れてネファラム城の屋上へと登った。
「へえ、見晴らしのいい所ですねえー」
サイアの言う通り、ネファラム城の周囲には遮蔽物がほとんど無い平原が広がっていて、地平線の彼方まで見渡す事が出来た。
そして、平原が広がっているということは、それだけ敵兵の展開が容易であるということ。
平地に建つ城という物は、山城などと比べると、やはり防御力という点では劣るのだ。
「……それで、私をここに呼んで、何をやらせようっていうのです?」
魔術師を呼んで来てやってもらう事なんて、一つしか無いですよ。
いずれ、この平原を埋め尽くすほどの敵がここへやって来ます。
あなたには、魔術で奴らの相手をしてもらう。
今は少しでも戦力が欲しい。
「貴方、自分が何を言っているか、ちゃんと理解しているんですよねぇ?」
サイアはくるりと俺の方を向いて、
「弟を殺して、アンデッドに変えた男の城を守るために、私に戦えと」
だが、あなたはそれを断らずにここへ来たわけだ。
「……ヒルダ王女は、貴方のことを随分気に入ってるんですよ。恐らく貴方が思っている以上にね」
あの、トトラの事は……
「いいんです。あの後、冷静になって考えました。戦いを仕掛けたのは私の方だし、戦って命を落とす事があるのは魔術師としての宿命……あれは戦いに破れた者の末路」
少し探りを入れるような目で俺を見て、
「それにどうやら、私では貴方に敵わないみたいだしね。悔しいけど」
今更言うのも何ですけど、土壇場で敵に寝返る、とかそういうベタなことしないで下さいよ。
「本当に今更ですねー。そんなに心配なら呼ばなきゃ良いじゃないですか」
そりゃ、そうですけど……
「私はちゃんとツラギの宮廷魔術師としての役目を果たします。裏切ったりなんてしません。そちらこそ、この戦いに勝てるんでしょうねー?敗けたら私も聖教会に処刑されそうなんですけど」
その為にこの城を修復してきたんです。
もちろん負けません。
……負けたら聖教会はあなたも捕縛してきますかね?
「城の中に居て、ネファラムの者じゃ無いって言っても信じてくれないでしょ。それにチャイカ連邦もいるし……チャイカは人族第一主義の国、エルフだけじゃなく獣人も『亜人』扱いで、人間だと認めてくれない様な連中なんですから」
そうですか……
ーー
ミラージは、まだ俺のことを捕まえろって、言ってきてるのですか?
「もちろん、その指令は撤回されてないですよー。それにできうる限りあなたの情報を集めて報告しろ、とも言われています」
じゃあ、ここへ来たのは……
「ええ、ここで見て聞いた事を私はミラージに報告します。ここへ来たのはその為でもありますよー。
……どうしますか?戦いが終わったら、情報漏洩を防ぐために、私を始末する?」
まさか、そんな事はしませんよ。
「でしょうね。あなたはそうしない……普通の魔術師なら、多分する……」
そう言いながら、サイアは俺の方へ一歩近付いた。
サイアは俺よりも何歳か歳上の女性だ。
身長も少し俺より高い。
そしてこの世界の御多分に漏れず、中々の美形。
「それで、話してみてどうでしたか?
私は信頼にたる相手でしたか?」
え、それは……
「無理ですよね。でもそうなってしまったのは私のせい。
あなたは初対面の時から私がミラージ所属であるにも関わらず敵対的ではなかった。ゴウラとの戦闘中には信頼さえしてくれた」
更に一歩近付くサイア。
「祝勝会では疑われた私を救ってくれもした。にも関わらず、私はあなたを手酷く裏切ってミラージの指令を優先し、二体一で攻撃を仕掛け、情けなくも返り討ちに合い、自分で巻き込んどいた弟を殺された事を逆恨みして、酷い侮辱を与えた」
あ、あのサイアさん?
俺はちょっと恐くなって、少し後ずさった。
「それでもあなたは私を許し、信頼するから一緒に城を守ってくれという。でも無理ですね、どう言い繕っても私は弟を殺された事を許せないし、あなたも私がそう思い続けている事を知っている」
更に近付づくサイア。
俺は後ずさろうとしたが、背後が壁であることに今頃気が付いた。
それじゃあ、こう考えましょう。
俺はあなたの魔術の腕が欲しい、あなたは俺の情報が欲しい、ギブアンドテイクの関係ということで割り切って……
「ほら、あなたのそういう態度が、魔術師として生きて来た私を、どれだけ惨めに!」
そう言いながら、俺に飛び掛かってくるサイア。
もしかして、何か武器でも隠し持って……
「……っ!」
は、いなかった。
サイアは俺にそのまま抱き付いてきた。
わりとある胸が、ローブ越しに俺に押し付けられる。
えーっと、これはいったい……
サイアは抱き付きながら、俺の身体を撫で回し始めた。
「あなた、あんなに凄い闇属性魔術を使えるのに、身体の方はあまり鍛えてないんですね……まるで、普通の男の子みたい」
……。
「……トトラ君みたい」
サイアの両腕が、俺の首筋へと這わされる。
「このまま、接触魔術であなたの首を風で締め上げたなら、私でもあなたに勝てますかね」
……!
「冗談ですよ、そんな事しません」
あの、そろそろ、身体を離してくれませんか。
「……お互いの信頼を深めるために、このまま肌を重ね合う、というのはどうです?」
……俺、浮気はしないって決めてるんで。
「あなたに損傷転移を受けてから、どうも身体の様子がおかしい。念のために調査もしたけど、何の異変も見つからなかった。……でも確かに違和感がある。
あなた、何かあの時仕込んだんじゃないでしょうね」
それは属性酔いですよ。
「……嘘よ、そんなの数時間で抜けるはず」
俺のは属性値が強くて……
と、言いかけた俺にサイアは顔を近付け、そのまま唇を重ね合わせて来た。
……!
驚愕してもがく俺をきつく抱き締めながら、サイアは貪る様に口付けを続ける。
「……ぷはっ」
……ややあってから、サイアはようやく俺から唇を離した。
な、何を……
「やっぱりね、何故かあなたと触れ合うと落ち着く。やはり、何かがあなたの身体にはある」
そう言いながら、俺のローブの胸元へ手を掛け、ぐいっと開く。
え、ええーっ。
「そこまでにしろ、サイア」
ピアがやれやれといった表情で物陰から現れた。
「さすがに出てきましたか。
どうでしたか?私はあなたのお眼鏡にかないましたか?」
「人の夫をレイプしようとしておいて、お眼鏡も何もあるものか」
レ、レイプって……
「エイジ君も、もうちょっと抵抗しろよ……どこまで従順なんだ、君は……」
少し顔を赤らめながら言う、ピア。
は、はい……。
「サイアよ。お前を城に呼ぶことに最初に同意したのは私だが……。お前が逆の立場だとして、二人きりになったとたん相手の首を締めて唇を奪うような奴の事を、信用できるか?」
「どうでしょうねー」
そう言いながら、サイアはようやく俺に抱きつくのをやめて、解放してくれた。
俺はサイアの側から離れ、ピアの隣に移動する。
するとピアは俺の身体をグッと引き寄せ、横からしがみ付いてきた。
まるでサイアから俺を取り戻すかのように。
「私は所詮ミラージの魔術師ですよ。今さら取り繕ったところで、信頼を勝ち得るも何も無いのでは?」
猫を被っても仕方がない、ってか?猫獣人だけに。
「あまり酷いようなら、次は魔術を封じる手錠をかけさせて貰うからな」
俺がイカーデの所で着けられてたあれか。
そういえば持って帰ってたな。
「そんな恐いマジックアイテム持ってるんですか?さすがにそれは許して……さっきも言ったけど、この城が落ちる時は私も死ぬことになりそうだから、サボタージュなんてしませんよ」
ピアは少し思案して、
「……いいだろう。エイジ君もお前を信じると言ったしな」
そう言いながら、ゆっくりと俺の身体を撫で回し始める。
あ、あの……。
「なんなら裸の付き合いでもして親睦を深めますかー?」
えっ。
「お前と3Pするなど、危険過ぎる。どうしてもやりたいのなら手錠を着けさせてからだな」
「えー、そんなー」
そしてピアは不敵な笑みを浮かべ、
「エイジ君は私の物だ、お前なんかには渡さんよ」
「ほら、物扱いしてる」
「黙れ」
……。
ーーーーーーーーーー
結局のところ、サイアを完全に信頼しきるのは無理そうだった。
だが、相当な数の敵に囲まれる事が予想される中、彼女の魔術に頼る場面も出てくるだろう。
内に潜む不安定要素にも留意しながら、城の防衛に当たる。
そういう舵取りが必要になりそうだった。
ーー
ちなみにピアに引っ張られて部屋に連れ込まれ、
このあとむちゃくちゃ自主規制した。




