幕間「新兵訓練」
ーーーーーーーーーー 元衛兵視点
チャイカ連邦西部国境付近に建設されたケーニヒスグラード要塞は、終戦後も未だ小競り合いの絶えない対オーク帝国との最前線拠点の一つである。
あのネファラム城の軽く数倍の規模の城塞や堀が張り巡らされ、数々の大型バリスタ、投石機、見張り尖塔、などが立ち並び、常駐兵力は十万を越える。
西に広がる緩衝地域に睨みを効かせるこの要塞は、チャイカ連邦を他国の侵略から守る防衛拠点、であると同時に他国を侵略する為の侵攻拠点でもあった。
今、イレーナ率いる歩兵千名と騎兵五百騎が要塞から出発し、緩衝地域の中程へと向かっている。
あの平原の戦いで損耗したドミトリー将軍の部隊に、新たに配属される新兵達の一部に訓練を施すためである。
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歩兵千名は何列かの横隊を組み、部隊の前方を行進している。
「横隊は戦闘の基本です。正面に対して最も強く戦闘力を発揮できます。攻撃するにせよ防御するにせよ、歩兵は横隊を組んで敵に当たるのが普通です」
と、イレーナ。
「横隊で重要なのは左右の部隊との連携力です。連携が乱れて隙間が生じると、そこに付け込まれて敵に突破され、部隊はバラバラになり各個撃破されてしまうでしょう。行軍時にも戦闘時にも連携を常に維持できるようになるには、常日頃から訓練を積み、研鑽に努めるしかありません」
騎兵五百騎は縦隊を組み、歩兵の後方に速度を合わせてゆっくりと進んでいる。
「縦隊は速度を重視した陣形です。素早く機動して敵の弱点に鋭く斬り込む事が目的です。縦隊で最も重要な部隊は先頭に立つ部隊です。敵から集中攻撃を受けながらも、斬り込んで行けるだけの強靭さがなければいけません。この先頭に立つ部隊の事を槍の穂先と言い、最精鋭の部隊がここに配置されます」
「歩兵と騎兵の組み合わせによる戦闘は『歩兵で相手を拘束し、騎兵で相手を叩く』のが基本です。古今東西、どのような戦いも突き詰めればこの形に集約されます」
歩兵が金床、騎兵がハンマーの役割を果たす訳ですね、イレーナ先生。
「良い例えですね。飲み込みの早い生徒は、先生大好きですよ」
イレーナは笑いながら俺にそう言った。
偵察に出ていた斥候兵が何人か戻ってきて報告をした。
今のところ特に問題は発見されていないようだった。
「情報収集はとても重要です。指揮官は常に斥候や偵察兵を放って、周囲の様子や敵の動向を掴むよう、努力しなければなりません。不意を突かれて奇襲を受けるような者は、指揮官として失格です」
あの黒衣のネクロマンサーはどうなんでしょうね。
「あの指揮官は不気味でしたね。アンデッドの集団を操る不気味さよりも、まるで戦場を上空から全て俯瞰して見通しているかのような所が不気味でした」
「それに部隊の挙動も。普通は本陣から出発した伝令兵が命令を伝えるまでのタイムラグが生じる物なのです。ですが、あの部隊はまるで全てのアンデッドを自分の手足のように自由自在に操ってました。でなければ、わざと中央に隙間を作って敵を誘い込むなど、普通は怖くて出来ません。もしかしたら、彼は自分一人で全てのアンデッドを制御しているのかも」
まさか。いくらなんでもそこまでは。
「ゴウラ・ツラギ紛争の報告書も読みましたが、彼の戦術は、なんというか、その、ねっちこくて嫌らしい。一体誰からこんな戦い方を教わったのでしょうね」
ねっちこく責められるのはイレーナは嫌いですか?
「ええ?……なにかセクハラじみていますよ、その言い方」
赤くなってプイッと顔を背けられてしまった。
可愛いぐらい、からかいがいのある人だな。イレーナって。
ーー
その後も後方連絡線と兵站の重要性などについて話しながら、訓練を続けていると、斥候から敵部隊発見の報告が上がった。
「伝令、北にオーク帝国軍の歩兵部隊、およそ千名が展開している模様」
こんな所に千名だけ?なぜだ?
「オーク帝国は緩衝地域の北西に新たな砦を築いたと報告があります。そこの部隊の一部が進出してきているのでしょう。恐らく、こちらと同じように訓練目的で」
どうする?回避するのか?
「いえ、実践経験を積む良い機会かもしれません。新兵たちにも、そして貴方にも」
イレーナは部隊を北上させ、オーク帝国軍と接敵した。
「それでは、先ほど教えた通りにやってみましょう」
ふむ。
オーク帝国軍は、こちらを発見するや否や千名全軍で突進してきた。
それをこちらの歩兵部隊千名で受け止め、拘束する。
待機していた騎兵五百騎で側面から迂回して敵の後ろに回り込み、そのまま後ろから突撃させる。
オーク帝国軍はたちまち陣形崩壊し、敗走した。
「良いですね。まるで教科書に載ってるような理想的な勝ち方です」
こんな単純で簡単で良いんですか?
「相手はオークですから。何も考えずに突っ込んでくるだけですし。人間相手ならもっと駆け引きがあるのでしょうけど」
それにしてもシンプルですね。
「戦争の大半はそういうものですよ。戦記もの娯楽小説に出てくるような、寡兵で大軍を破るなんていうのは、よほどの幸運か、よほどの戦争の天才でもないとあり得ません。ましてや将軍が単騎で敵陣に飛び込んでいって一人で千人首級を上げたとかは論外です。そういう事は軍人ではなく吟遊詩人の考える範疇です」
リアリストだなあ。
「当然ですよ!私たちは味方の人間の命を預かって、相手の人間を殺せと命令しているのです。冒険なんてしてはいけません」
……オークの大半は陣形崩壊の後、逃走してしまっているけど、追撃はしないのですか?
「ドミトリー将軍ならそうするでしょうね、そもそも先の戦いでも、歩兵をU字陣形にして拘束してから騎兵で蓋をするように包囲すれば、より敵に損害を強いる事が出来るかもしれません……が、新兵達にはそういう機動はまだ無理かな」
そう言いながらイレーナは、戦闘が終わり衛生兵達が負傷者の手当てなどをしている所へ足を運ぶ。
「敵といえどもそこまで倒す必要はありません。必要以上に命を奪う必要は無いのです」
そうだろうか?
人道上は正しいかもしれないが、逃げ延びたオーク達はいずれ後方で再編成を済ませ、何日かすれば敵部隊として我々の前に再び現れるだろう。
そしてまた戦闘が始まる。
イレーナは衛生兵達に混ざり、負傷者に光属性魔術で治療を始めた。
魔術を使えるんですか……。
「私は本当は光属性魔術師として治療者になりたかった。ですが、私は属性値は高いものの魔力総量が低くて、あまり大勢の人を救えません。だから不向きだと判定されました」
それでも、ここで光属性魔術を使えるのは、あなた一人だけだ。
「私一人の魔術では、焼け石に水ですよ」
イレーナは数名を治療した所でもうふらつき始めた。
俺はイレーナのそばに行き、身体を支えてやった。
「ありがとう」
指揮官が前線で意識朦朧としていては、いけないのでは?
「ふふ、耳が痛い指摘ですね」
まだ大勢いる負傷兵達は、イレーナの治療が終わってしまったのを名残惜しそうに見ていた。
衛生兵に薬草と包帯で措置されるよりも、光属性魔術で治療される方が良いのだろう。
受ける痛みからして全く違うだろうから。
「負傷者の応急措置が終わったら、ケーニヒスグラードに帰還しましょう。本日の演習はそこで終わりです」
ーー
イレーナは戦い方を知っている優秀な指揮官だ。
だが非情になれない一面がある。要するに優しすぎるのだ。
いつかその優しさが彼女の足元をすくう事にならなければよいが……。
俺はそう危惧せずには居られなかった。




