幕間「大聖堂」
ーーーーーーーーーー 元衛兵視点
チャイカ連邦の首都モスキンにある、クレルモン大聖堂は聖教会東方派の本拠地だ。
ドーム型の大きな屋根の建物内に、何本もの大理石の柱が立ち並ぶ構造になっており、数千人の人間が収容できる巨大さを誇っている。
内装も多数の宗教画やモザイク画が金銀宝石細工と共に所狭しと施された豪華な代物。
一体どれだけの寄進を信者から巻き上げれば、こんな世界一贅沢な大聖堂が建てられるのか。
十分の一税どころの話では無い。
大聖堂の中は大勢の熱狂的な信徒で溢れ返っている。
神から「汝の隣人を殺せ」と命じられれば喜んで実行に移すような狂信者ばかりだ。
不気味を通り越して怖い。
今、高名な司教の一人が壇上で叡智経典の一部を演説していた。
参加者の全員が暗記しているような内容だが、誰もが熱心に聞き入っている。
「かつて、楽園の地に神の手によって招かれた二人の人間『闇』と『光』がいた。
邪悪な蛇に操られた闇は光をそそのかし、神の叡智を伺い知ろうとする罪を犯した。
お怒りになられた神は、二人を楽園から追放された」
俺の隣には、今やデミトリー将軍の首席参謀となったイレーナがいた。
俺の現在の立場は彼女の護衛。
「邪悪な蛇と闇を滅ぼし、贖罪を果たして光と共に楽園へと還る。これこそが光の信徒である我々に課せられた責務であり、唯一の原罪を購う方法である!」
イレーナの司教を見つめる目は、狂信者達とは違い、どこか冷めた所があるように感じられた。
とはいえ彼女も聖教会の信者であることにかわりは無い。
「邪悪な蛇と、その手先である闇に死を!光の敵である闇を滅ぼせ!それこそが神の御意志である!」
演説が最高潮に達すると、信者達は拳を突き上げて口々に叫び出した
「神の望みのままに!」
信者達の大合唱の中、イレーナがポツリと言う。
「本来の聖教会の教えはこういうものでは無いのです。
隣人同士で赦し合い、愛し合う。
敵ですらも赦す。優しい教えなのです」
東方派の前でそんな事を言わない方がいいですよ。
異端者扱いされて吊し上げられますから。
「改革派の反対で聖戦が回避されたのは幸いでした。そんな事になれば北方戦争以上の戦いになり、どれほど多くの人が命を失う事になるか」
司教は信者達の興奮が収まるタイミングをよく推し量って、絶妙の間を取ってから次の話を切り出した。
さすがに司教ともなると信者達のコントロールなどお手の物ということか。
「このほど、闇の手先である勢力の存在が確認された。邪悪な魔術を使って死者を操り、北方戦争終結時の条約を破って緩衝地域に城を築いたばかりか、ゴウラ・ツラギ間の国境扮装を煽り、両者を戦わせるような蛮行まで行った。背後にはダークエルフどもが糸を引いていると聞く」
俺の知ってる話とは少し違うが……
あっさり司教の話を信じた信者達は、多数のブーイングでもってそれに答えた。
「闇の跳梁跋扈を許し、座して見ているだけで良いのか?
否!そんな事はあり得ない!
我ら神殿騎士団は、邪悪なる者どもを討ち滅ぼす、その為にこそ存在しているのである!」
再び信者達から歓声が上がる。
「悪を許すな!」
「邪悪なる者どもに死を!」
司教の隣に別の男が壇上に上がった。
チャイカ連邦の西部方面軍司令ゲオルギー。
ドミトリー将軍の更に上の役職になる男である。
「チャイカ連邦国家評議会は満場一致でこの勢力への攻撃を採択した。西部方面軍は総力を上げて諸君ら神殿騎士団と共に悪と戦う事をここに宣言する」
総力を上げて、は嘘だろう。
チャイカのシューチン国王が西部で欲しいのは、ゴウラのレアメタルぐらいだ。
あのハチミツ熊が今欲しがっているものは、極東のヒノモト海や南東海域にある豊富な海洋資源だ。
西部戦線なんぞに本気で取り組む訳がない。
聖教会にせっつかれて、やむなく……というのが実情だろう。
ゲオルギー司令の登場で更に歓声が盛り上がった。
それを受けて司教が最後の言葉で締め括る。
「これだけの神の使途が集まれば、かの邪悪なる勢力は滅ぼされたも同然である。かの勢力の名は」
「ネファラム城!」
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「総兵力はどれぐらいになりそうかね?」
ドミトリー将軍が居並ぶ参謀達の一人に尋ねる。
「はっ、チャイカ西部方面軍から一万、神殿騎士団が八千、連邦所属国からの派遣軍が4ヶ国合計で八千、ゴウラからの援軍が四千、総計で三万ほどになります」
「敵軍の規模は?」
「ネファラム城内におよそ五千、乃至六千と推察されます」
「ふむ、敵軍の五倍以上の兵力を動員出来そうか。最悪、強攻する事になっても落城は可能だな」
チャイカ連邦のシューチン国王も、西部方面軍司令ゲオルギーも、内心あんな小城など地政学的にもどうでもいいと考えているだろう。
だがドミトリー将軍は違う。
彼は前回の戦いで敗れ、大きく兵員を失うという失態を犯している。
汚名返上の為にも、この戦いには是が非でも勝利しなければならない。
更に失敗することがあれば、失脚すら危ぶまれるのだ。
「お言葉ですが、強攻では兵に少なからぬ損害が生じるかと」
と、イレーナ首席参謀。
彼女は前回の戦いで唯一戦局をまともに見ていたとドミトリーに判断され、首席参謀に抜擢されたのだった。
この若さ、そして女性であるにも関わらず首席参謀に抜擢されたことは、未だ男尊女卑の思想が色濃く残るチャイカ連邦内では、当然のようにやっかみの対象となった。
彼女がどこの馬の骨とも分からぬ俺なんかを個人的な護衛として選んだのは、そういう連中から身を守るためだろう。
「むろん、それは最終的な手段だ」
と、ドミトリー将軍。
「その際には神殿騎士団の諸君たちに先陣を切って突撃してもらおうではないか。神の敵とやらを討ち滅ぼす崇高な使命に、彼らもうち震えるだろうよ」
ドミトリー将軍がそう言って笑うと、追従して他の参謀達も笑った。
イレーナは笑わなかった。
ーー
会議が終わり解散、となったところでイレーナが俺の所へやって来た。
心なし何か緊張しているように見えた。
「あの、この後時間は空いていますか?よろしければ食事でもどうでしょうか」
プライベートの時間でも「やっかみ」から身を守らねばならぬということか。
俺が承知すると、彼女は安堵感からか少し晴れやかな表情になった。あの会議中では一度も見せなかった顔。
「では、行きましょう。良い店を知っているのです」
俺はイレーナの護衛を続け、彼女に続いて夜の街へ消えた。




