帰り道
「サコンジはヒノモト国出身の男で、敏腕の捜査官として本国で鳴らしたという触れ込みで、少し前に雇ったのだ」
と、ヒルダ王女。
「チャイカの息の掛かった者だったとはな。君達には大変な迷惑をかけた。すまない、この通りだ」
頭を上げて下さい、ヒルダ王女。
冤罪が晴らせたのならば、それでもう良いのです。
しかし、チャイカはなんの思惑があってこんな事を。
「ツラギと君達の仲を引き裂きたいのだろう。どちらを潰すにせよ、連携されるより各個撃破する方が容易だからな」
チャイカは人族第一主義の国。
ネファラムを目の敵にするのは分かるが、ツラギやゴウラに対しても攻撃してくるんですかね。
「チャイカ連邦、などと言っているがその実情は連邦制とは程遠い。チャイカ国とその従属国たち、と言った方が適切だろう。奴らは連邦の加盟国を増やす、という名目で他国を侵略しておるのだ」
なるほどねえ……
「特にチャイカ現国王シューチンの領土拡張欲は凄まじくてな。遠く極東のヒノモトや南方諸島の海域、そしてツラギ、ゴウラにまで手を伸ばす野心を隠そうともしない。強欲で下品な男だ」
吐き捨てる様にヒルダ王女は言った。
「まあ、安心しろ。私の目が黒い内はチャイカに屈したりなどはせぬよ」
ヒルダ王女の目は俺が損傷転移で治療したのだが、ピアみたいに属性酔いの症状が出たりするのだろうか。
『右目が疼く』とか言い出さなきゃ良いが……
ーー
ヒルダ王女に続いてイゼルナ王女も謝罪に訪れ、それが終わると王女姉妹は仲良く帰っていった。
緑ローブは裏で足の引っ張り合いをやっていると言っていたが、本当だろうか?
あいつの話も何処まで信用できるのかね。
祝勝会も終わり、やがて帰国する日が訪れた。
お願いされていたお土産もいくつか買い揃え、ピアにはナイショで新しいコスプレ衣装も買っておく。
関係各所に挨拶回りも済ませた。
「また近いうちにお会いしましょうねー」
と、緑ローブが言っていた。
帰り支度を終え、骨馬車に乗り込み帰路に付く。
そして、ツラギの領土を越え緩衝地域に差し掛かった所で、それは起きた。
ーーーーーーーーーー
「エイジ君、後方から追い縋って来る馬車があるぞ」
ピアに促され後ろを見ると、一台の四頭引き馬車が迫って来ていた。
御者は……護衛士のライガーじゃないか。
何か俺達に話でもあるのか?
「……様子がおかしいな、注意した方が良い」
確かに。
俺は念の為に魔術盾を張り直した。
骨馬車の速度を緩めると、ライガーの操る馬車は並走する様に左横へ付けた。
「またお会いしましたねー」
馬車の窓から顔を出して緑ローブが言う。
「ちょっとお話したい事があるので、馬車を止めて貰えませんか?」
わざわざツラギを出てからじゃないと話せない事って何ですか。
「それだけ警戒してるって事は、薄々あなたも感付いているのではー?」
……良いんですか、あなたもヒルダ派の一員なのでは?
「ツラギの国内派閥に入るつもりなんてないですよー。強いて言うならば、私はミラージ派ですね」
へえ……。
「あなたは友人になっても構わないぐらい、良い人でした。でも、ミラージの魔術ギルドに所属する以上、本部の意向には逆らえません。だから、最初に一回だけは穏便に聞きますねー」
……。
「ミラージに戻りなさいエイジ。それがあなたの義務です」
俺は一度たりともミラージの魔術ギルドに所属した事は無いんですよ。
戻る、という表現はおかしいのでは?
「ギルドからは、なるべく生かして連れ帰れと言われています。良いですか、なるべくですよ」
俺は知り合いになった人と、こんな事なんてしたく無いんですが。
「そりゃ私だって嫌ですよー。でも心のどこかでは、魔術師として産まれた者として、あなたと競い会いたい。そういう気持ちもありましたよ。あなたは違いますか?」
俺には分からん感情だ。
「あなたは人が良すぎますよ、本当に……。
では、行きます!」
緑ローブが宣言すると、ライガーが馬車を操り俺達の骨馬車に横から体当たりを仕掛けてきた。
ガァンっという鈍い音ともに骨馬車が激しく揺れ軋む。
俺は骨馬車の速度を上げさせた。
「竜巻!」
魔術解除。
緑ローブの魔術は、一撃で橋を破壊出来るほどの威力だ。
まともに喰らったら、こんな骨馬車ぐらい一発でバラバラになるだろう。
ライガーも馬車の速度を上げ、骨馬車に追い縋って来た。
左腕だけで手綱を握って馬車を制御し、右腕一本で大剣を大きく振りかぶる。
そのまま唸りをあげて振り下ろされた大剣は、バキャっという音と共に骨馬車の後部天井を破壊した。
さすがバーバリアン、片腕なのにとんでもない威力。
ライガーのリーチから逃れるために、骨馬車を右へとスライドさせて行く。
ライガーも追いかけて馬車を右へ寄せてくる。
二台の馬車は街道を離れ、荒野の中へ入っていった。
道路事情が一段と悪くなり、骨馬車の揺れが酷くなる。
ピアが骨馬車の窓からボウガンを突き出して、ライガーに向けて射撃した。
が、命中する直前で相手のシールドに阻まれて弾かれてしまう。
畜生、やっぱり張ってあるなあ。
「竜巻!」
魔術解除。
「相変わらず、相手の魔術を妨害するのが好きですねえ。トトラ君が不貞腐れて帰っちゃう理由が分かりましたよ」
あんなもんマトモに喰らったらお仕舞いでしょ。そりゃ妨害しますって。
ーー
このままライガーの大剣のリーチから逃れ続けて走れば、ネファラム城に到着する前に端に追い詰められてしまうだろう。
逃げ場を失って、あの破壊力のある大剣で一方的にぶん殴られ続けたらどうしようも無くなる。
その前に手を打たねば。
俺は骨馬車を大きく右旋回させ、ツラギ領へUターンするような軌道を取らせた、と同時に骨馬車に乗車している雑用スケルトンに大樽から骨を外にブワっとばら蒔かせる。
しばらく進んで再びUターンすると、追いかけてきた馬車の後方で、休眠状態だった骨大熊を再起動させる。
「なにぃ!」
ライガーの驚く声が聞こえた。
全力疾走させた骨大熊が、ライガーの馬車後方にピタリと付ける。
「驚くことはないわ、ライガー。相手はネクロマンサー、これぐらいの事はやってのけます」
骨大熊をライガーの馬車の後ろから体当たりさせた。
大きな衝撃が加わり馬車が軋む。
猛毒雲。
「魔術解除!」
立場が逆になりましたねえ、緑ローブさん。
「あなた、ミラージの魔術師の事、ローブの色でしか見分けてないでしょ!」
あはは、バレたか。
さて、どうする。
もう一頭の骨大熊も呼び出して、二頭の骨大熊で馬車を挟み込んで押し潰してしまうか。
「エイジ君、新手だ」
えっ……。
右側から別の馬車がこちらに走ってくるのが見えた。
ピアのいう通り敵か?それとも只の通りすがりか?
「敵だよエイジ君、でなきゃこんな争っている場所にノコノコ首を突っ込んでなど来るものか」
ピアが新手の御者に向けてボウガンを放つ、が例によってシールドで弾かれる。
「ああ、もう。魔術師同士の戦いでは、何でこんなにも無力なんだ!」
シールドを張っている相手には仕方がない。
破れるぐらい威力のある攻撃を叩き込むか、無効化できる能力のあるマジックアイテムを使うか、後は懐に飛び込んで接近戦を挑むぐらいしか無いだろう。
新手の馬車から魔術が放たれた、あれは火球か?
あわてて骨馬車を操って回避した。
すぐそばの地面で、火球が爆発し、衝撃で横転しそうになるのを、なんとか制御して踏み留まる。
「やっと来てくれましたかー、いつも遅刻するんですよトトラ君は」
トトラだって?
あんたゴウラと裏で繋がってたんですか?
「ここはゴウラでもツラギでも無い緩衝地域ですよー。宮廷魔術師としての地位はもう関係ない。私もトトラも、ミラージの魔術師でしかない存在なの」
宮仕えの魔術師は面倒臭いシガラミがあるものですねえ。
とはいえ、魔術師同士で二対一はかなり不利な状況だ。
トトラの馬車は骨大熊の右後方へ移動した。
前から見ると、骨馬車、ライガー、骨大熊、トトラの並びで疾走を続ける。
「火球」
「竜巻!」
どっちか片一方しか解除出来ない。どちらにするか。
魔術解除。
緑ローブの竜巻を解除した。
トトラの火球は骨大熊に直撃し、吹き飛ばされた骨大熊はバラバラの骨片になって荒野に消えた。
次二発同時に撃たれたらどうしよう。
というか、もうどうしようも無いのでは……
ならば、撃たせない様にするしか無い。
俺は骨馬車の速度を急激に落とした。
ライガーの馬車の横を素通りし、さらに後方へ。
追突しそうになったトトラの馬車が慌てて右へずれる。
そのまま骨馬車を操って、トトラの馬車の左横へピッタリとくっつけて並走させた。
前世なら危険運転で一発免停だなこりゃ。
だが、これだけ近ければ竜巻も火球も撃てないだろう。
撃てばトトラも巻き込まれてしまうからな。
窓越しに、馬車の中にいる赤ローブの魔術師と目が合った。
緑ローブよりも何歳か若い猫獣人の男の子だった。
かなり緊張した面持ちで食い入るようにこっちを見つめている。
一目見て分かった。この人は戦いになんか向いてない人だ、と。
こっちの御者は手綱を握りながら剣を振るったりは出来ないようだった。
というか、出来るライガーが異常なんだ。
そのライガーの馬車は骨馬車の左前方から距離を詰めてきている。
どうやらトトラの馬車とで俺の骨馬車を挟み込む魂胆らしい。
「本人にはシールドが張ってある、ならば!」
ピアがボウガンを突き出し、トトラへ向けて発射した。
またシールドで弾かれる……と、思ったら射出された矢はトトラが持っていた杖の先端に命中し、粉々に砕いた。
なんというピンポイント攻撃。
いいぞ、今なら妨害されずに魔術が通る。
対象増加、呪い。
妨害もレジストもされず、トトラと御者に呪いの効果が適用された。
著しく身体能力が制限され、もがき苦しむトトラと御者。
馬車の速度が落ち、後方に取り残されていく。
これであの馬車を無力化できた、かな?
と、思っていたら、どうやら威力がありすぎたようだった。
御者は馬車を制御することが出来なくなって蛇行運転し、やがて派手に音を立てて横転した。
「トトラ君!」
緑ローブの叫び声が聞こえた。
トトラの馬車と戦っているうちに、ライガーの操る馬車がすぐ近くまで接近してきていた。
かわす余裕もなく、打ち下ろされたライガーの大剣に、骨馬車の前方部分が叩き壊される。
緑ローブは食い入るように横転したトトラの馬車をまだ見つめている。この隙を利用する他はあるまい。
雑用スケルトン。お前とは長い付き合いだったが、スマンここまでだ。
ライガーが二撃目を打ち下ろすべく、再び大剣を振り上げた、その時。
雑用スケルトンが破壊された骨馬車前部からジャンプし、ライガーの馬車の後部車輪へしがみつく。
「しまっ!」
慌てて緑ローブが杖を振りかざすが、もう遅い。
雑用スケルトンは踏み潰されながらも車輪を破壊し、脱輪させてしまう。
よくやった。お前の決死の犠牲で向こうの馬車はお仕舞いだ。まあ最初から死んでるけど。
ライガーの馬車は大きくバランスを崩し、横転しそうになった。
俺は骨馬車の速度を落とし、距離を取ろうとするが……
「うぉおおおっ!」
ライガーが吠え、無理矢理に力ずくで馬車を制御し、俺達の骨馬車を巻き込む様に方向を変えた。
なんて奴、死なばもろともかよ。
二台の馬車は絡み合うようにもんどり打って、荒野に横転した。




