祝勝会
「強い口調になってすまなかった、エイジ君。
これは私からの提案の一つだと分かって欲しい」
ええ、分かってます。
俺もピアとネファラム城の為に最善の方法を考えますから。
……思えば俺が今まで選んできた選択は、後から考えたら他にもっと良い方法があったのではないか、と言えなくもない選択がいくつかある。
けど、その時に知っている情報の中で最善だと思える事を選んできた……つもりだ。
これからも、そうしていくより他は無い。
ーーーーーーーーーー
一夜開けて翌日、祝勝会の日が来た。
俺もピアもフォーマルな服装に着替えて会場へ向かった。
会場となる大広間の前に、警備隊とおぼしき集団が陣取っていた。
俺達が近付くと、隊長らしき人が一歩前へ出る。
黒縁眼鏡で髪をオールバックにした初老の男だった。
「これはどうも。わたくし、ここの警備の統括を任されておりますサコンジと申します」
はあ、どうも。
「今回の祝勝会、入場前には全員ボディチェックを受けることになっております。ツラギの王族や貴族が一堂に会する場ですので、ご不便をお掛けしますが協力をお願いしたく……」
ええ、いいですよ。
「恐縮です」
俺には男性の警備隊員、ピアには女性の警備隊員が数人付き、入念なボディチェックを受けた。随分物々しいな。
会場内へ入ると、すでに中は豪華な衣装を着た貴族や、飾緒の付いた軍服を着た軍人達でごった返していた。
大小いくつかのテーブルがあり、それぞれが思い思いのグループを作り談笑に興じている。
ドアの入口側にはビュッフェ形式のテーブルがあるが今はまだ空だった。後々は食事が運び込まれるのだろう。
俺とピアは手近な空いていた小さいテーブルに付いた。
さすがにネクロマンサーとダークエルフに話し掛けて来る者はいない、儀礼的無関心という奴かな?
と、思っていたら、向こうから見知った二人が歩いて来た。
緑ローブと寡黙な護衛士のライガーだった。
「またお会いしましたねー」
どうも、お久しぶりです。
「聞きましたよー、あの後ネファラム平原でチャイカ連邦の部隊を楽勝で倒したって」
楽勝、ってわけでもないけど……
「一度も負けたことが無いって噂ですよ。いっそ不敗の魔術師とでも名乗って見ては?」
それだとどこかの宇宙空間にいる人になっちゃうから、止めときましょう。
ーー
しばらくすると、会場にファンファーレが鳴り響いた。
短いラッパの演奏が終わると、奥にある豪華な王族専用ドアからツラギ国王を筆頭に王族達が会場に入ってきた。
かなり年老いた国王、それより四十才は若い王妃、まだ十歳にも満たないであろうただ一人の王子、アラフォーぐらいの第一王女、体重が0.1トンを軽く越えてそうな第二王女、それからヒルダ第三王女の順番だった。
参加者一同はスタンディングオベーションでそれを迎える。
老王が中央に立ち、祝勝会開催の挨拶が始まる。
ゴウラとの戦いに勝ったのは王国が一致団結し国難に立ち向かったからである……云々の長い長い演説が始まった。
ーー
形式的に議事は進行し、やがて「さあ、大いに食べ、飲んで下さい」が始まった。
待ってましたとばかりに第二王女が給仕達に食べ物を取りに行かせる。
老王は少しの間はそこにいたが、やがて第一王女よりもまだ若い妻に支えられて会場を後にした。
ありゃ夫婦というよりは老人介護職員だな。
まだ幼い王子もそれについて行って会場から去った。
ややあって、ヒルダ王女が第一王女と共に俺達のテーブルにやって来た。
第二王女は食事に夢中なままだった。
「やあ、来てくれて感謝するよエイジ殿。
君こそが先の戦いの真の立役者、だと言っても過言ではないからな」
と、ヒルダ王女。
それは言い過ぎですよ。
ヒルダ王女の作戦指揮の賜物です。
「ふふ、相変わらず謙虚な事だ。
……紹介しよう、ツラギ王国の第一王女イゼルナ、私の姉だ」
イゼルナ第一王女は王族というわりには物腰の低い、随分と低姿勢な人だった。
どこかのアパートでヒヨコのエプロンでも着て、管理人さんとかをやってそうな雰囲気だった。
「はじめまして、エイジ君。私はツラギ王国の第一王女イゼルナよ。戦場では妹を助けてくれたそうね。私からもお礼をさせてもらうわ」
いえいえ、とんでもありません。
「今日は、ゆっくりと祝勝会を楽しんでいってね。私たちはこれからも協力しあえる、良い友人になれる。そういう気がするの」
昨晩のピアの言葉が頭にちらついたが追い払った。
ええ、これからも友好的に行きましょう。
ーー
二人の王女は去って行き、俺はピアと共にビュッフェから適当に食い物と飲み物を調達してきて食べた。
良い国じゃないかツラギ王国は。
このまま平和に仲良く進めれば何よりだ。
「一致団結し……なんて言ってたけどそうでも無いんですよー、ツラギ王国は」
緑ローブがそう言った。
え、そうなの?
「まず、問題なのが年老いた国王ですよ。
崩御したあとには、ひと波乱あるかもねー」
そうかなあ……
「あなたはツラギをどう見てるんですかー?」
どうって……
まあ、国王は年老いているからいずれ死ぬでしょう。これは自然の摂理で仕方がない。
後を次ぐのはあの幼い王子だけど、成長するまでは二人の王女がそれを支え、やがて姉弟で協力しあって国を治めていく。
何の問題もない。
「あははははっ!」
……。
「もう、どれだけお花畑の国の住人なのですかー。子供の頃見たおとぎ話の絵本をそのまま信じちゃって、大きくなったんですか?」
そこまで言うことないだろ……
「この国には大きく分けて二つの派閥があるのです。ほら、王女達を見てください」
第一王女イゼルナ、その回りには貴族達が集まっている。
第二王女名前不明、その回りには給仕達が集まっている。
第三王女ヒルダ、その回りには軍人達が集まっている。
「イゼルナはいわゆる貴族派です。この国の貴族や文官はだいたいそこに入ってます。
ヒルダはいわゆる軍人派です。この国の軍人や武官はだいたいそこですね」
二人は仲が良さそうに見えたぞ。
「そりゃパーティの席でケンカするような真似はしませんよー。でも裏では足の引っ張りあいをやってます。私もこの国について長いけど、色々やられましたー」
……あの第二王女は?
「ムラカ王女はほっといていいですよー。食べることと着飾ることとベッドに若い男を引っ張り込むことしか考えてない女です」
あの0.1トンだいぶ越えてそうな巨体でのし掛かられたら、圧死しそうだな。
「食欲という欲望に負けた結果が、あの不健康そうなだらしない身体ですよー。不摂生な生活送ってるし、長生きも出来ないでしょうね」
だろうな。
だが、彼女はある意味幸せそうだ。歪で短い幸せ。
「唯一の王子であるバロン君は、まだ八歳です。王位継承権第一位は彼ですが、見ての通りまだ幼すぎ。老王が死ねば、彼は排除されますよ。母親と共にね」
排除って……
どうしてそんな酷い事をするんですか。
「あのいかにもトロフィーワイフな老王の妻は後妻です。ゴウラ王族の分家筋にあたる家系の人なんですよー」
ーー
緑ローブ曰く、
老王にはかつて妻が二人いた。正室と側室。
先に結婚したのは側室の方とだった。
その人はたまたま泊まった宿屋の娘さんだそうで、一般市民相手の身分差の恋だった。
彼女はやがて長女のイゼルナ第一王女を産む。
正室は別の国から嫁いで来た政略結婚の相手で、まあ身分のある人だったそうだ。
やがて二子を産むが、甘やかされて育ったムラカ第二王女はああなってしまい、反動で厳しく躾たヒルダ第三王女はそうなった。
姉妹あるあるだな。
逆になるパターンも多い。
楽しい愉しい後宮生活をエンジョイしていた国王だったが、悲劇という物はいつも突然にやってくる。
流行り病で王妃は二人ともほぼ同時に亡くなってしまった。
老王はとても悲しみ、心の隙間を埋めるために新しい妻を求めた。
そこへ入ってきたのがあの若い三番目の妻である。
「でもあの後妻も可哀想な人ですよ、当時のツラギ・ゴウラ間の国境紛争で勝利した時の戦利品として、老王が求めたそうですから。今はだいぶやつれちゃってますけど、それでもかつては相当な美人だったって分かるでしょ?」
美し過ぎるが故に勝者への戦利品として扱われ、自分の父親より二回り近い歳上の老王に嫁ぎ、二年後にその老王の子供を孕んだ。
あの老王、ああ見えて結構好色なんだな。
「男なんてみんなそんなもんですよー。すぐに色んな女を取っ替え引っ替えしたがる」
俺には分からん感情だ。
「そうですかねえ?あなただって権力を握ったら分からないですよー?」
……で、産まれた王子はツラギとゴウラの両王族の血を引くんだから、両国を繋ぐ平和の架け橋として、
「そんなわけないでしょうー。新たな戦乱の火種ですよ、それもツラギにとっては相当厄介な」
……。
「ゴウラは王子の血脈を利用して、ツラギの全面的な領有権を主張してくるでしょう。ツラギ国内に王子派が出来てそれに呼応すれば、一気に王国が瓦解する可能性だってある。
老王が生きているうちは、まだ大丈夫。
でも、いずれあの老人は死ぬ。
そうなれば厄介な火種は取り除かれるでしょうね」
取り除かれるって、どうするんだ。高野山にでも送るのか?
「コウヤサン?何それ。
暗殺されるんですよ、まず間違いなく母親も一緒に」
……不憫なことだな。
「じゃあどうします?ネファラム城にあの母子を連れてって匿いますか?……そうなったらかなり嫌らしい政局が産み出されるでしょうねえ、ヒルダ王女も怒るでしょ英雄相手でもさすがに」
ああ、貴族ってのは本当に面倒臭いな。
テリーの言うことは圧倒的に正しい。
「バロン君が排除されるのは間違いないとして、その後も大変ですよ。
側室生まれの第一王女と正室生まれの第三王女。
王位継承権が上なのはイゼルナ王女ですけど、側室は結局どこまで行っても側室ですよ。
軍事力はヒルダ王女が握っているんです。クーデターだってあり得ますね」
俺はそんな事には絶対に関わらないからな。
「何言ってるんです、貴方はもうガチガチの関係者ですよ。
ヒルダ派の重要人物で強大な軍事力の持ち主です。王国の人はみんなそう思ってますよ」
お前、なんかこの情勢を楽しんでないか?
前世ならドロドロの愛憎劇ドラマとかが好きそうなタイプだな。
「口さがない連中は、貴方はこの国を乗っ取るつもりなんだろ、って言ってますよ?
貴方はヒルダ王女のお気に入り。まだ未婚のヒルダ王女を正室として迎え、この国の王として王都に乗り込んで来る。
不満を述べた奴はアンデッド兵を使って物理的に黙らせる。
私の知る限り、ヒルダ王女は軍事以外何も知らない処女ですよ。貴方はあのダークエルフの女を使って、二人がかりで言いなりなるまで肉欲で誑し込めばいい。
ああ、誑し込むなら長いこと未亡人で身体をもて余してるイゼルナ王女の方が良いかもしれませんねー。若いツバメに溺れて言いなりになったイゼルナ王女を操って、ツラギ王国を簒奪するんです。
そしてバロン君の血脈を口実にゴウラへ攻め込んで併合して領土を増やし、チャイカ連邦と対峙する。
どうですか、貴方にとって悪くない筋書きなのでは?
何ならミラージが裏から支援してあげても良いですよー。条件として貴方はミラージへ帰還することになるけど」
馬鹿野郎、冗談じゃないぞ。
ピア、助けてーピア。
この性悪女が俺をイジメるの。
あれ、ピアがいない?
さっきまですぐ側にいると思っていたのに。
キョロキョロと見渡すと、ビュッフェテーブルの所にいた。
巨大な寸胴鍋からスープをよそおうとしている。
と、その時。
「危なぁーーい!!」
叫び声がしたので振り返って見てみると、イゼルナ王女の前を警備主任のサコンジが横っ飛びでジャンプしていた。
右手で何かを握りしめている。
あれは……もしかしてボウガンの矢か?
「全員その場を動かないで!イゼルナ王女を狙撃しようとした犯人が、この中にいまぁーーす!」
なんだと?
物騒な事になってきた。




