初めてのクエスト
どうやら俺はこの世界で本当に魔術師になっており、頭のなかに記憶されている魔術を行使すれば実際に出すことが出来た。
まるで過去に学校で覚えさせられた、数学の公式や歴史の年表のように、頭の中に暗記されているのだ。
ところで……
魔術というと、杖から火の玉を放つとか、電撃を撃つ、とかを普通は連想するだろう。
だが、俺の使える魔術は、相手を猛毒状態にするとか、呪いをかけるとか、死体からアンデッドを作って下僕にするとか、そういうヤバそうな魔術ばっかりなのだ。
どっちかというとプレイヤー側ではなく、敵キャラが使ってきそうな魔術。
なぜこんな魔術を覚えてるんだ?
そういえばあの何もない空間で何者かが言っていた。
死霊術師、闇属性。
俺はド派手な魔法をぶちかまして、大軍相手に無双しまくる大魔術師なんかじゃなく、地道に毒で相手の体力をチョロチョロと削っていく地味魔術師なのだ。
どうも俺はろくでもない職業でこの世界に現れてしまったらしい。
また昨日から微妙な違和感がしていたのだが、俺の身長は少々縮んでしまっているようで、水面で姿を確認してみると随分と若返っていた。
大体十代後半ぐらいのようだが、俺の身分を示す保険証や免許証のような物は何一つ持って無いし、ゲームっぽい世界のくせにステータスウインドウも出てこないから正確なところは解らない。
これは貯金の全てを失った代わりに若さを買ったようなもので、人によっては羨ましいと思うかもしれない。
前世では絶対に買えない物を買ったのだ。
まあ、とにかく。
俺はこの世界について何も分からないし、自分の能力のほども分からない。
しばらくは、おっかなびっくりの試行錯誤で事を進めていくしかないだろう。
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なんて事を色々調べるのにまる1日を費やしてしまった。
なけなしの所持金から宿泊費と食費が消えていき、第2の人生がゲームオーバーのタイムリミットへ向けて1歩進んだ。
今後は食費だけじゃなく、様々な理由で金がすっ飛んで行くだろう。
服もこれ1着しか持って無いし、ずっとこのままという訳にもいくまい。
金だ、とにかく金が要る。
金が尽きるイコール死だ。
そして金を貯めて、今度こそ悠々自適の引きこもりライフを実現するのだ。
俺の人生目標はこの世界でも変わらない。
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即金で金を得るには、やはりこの冒険者ギルドを利用するしかないだろう。
そう思って見渡すと、なんだかここが日雇い労働者のドヤ街みたいに思えてきた。
実際冒険者なんて命懸けの仕事だし、そんなもんなのかもしれない。
ゲームなら、まずはチュートリアルで操作方法を確認して…
と、行きたいところだがこの超絶リアル志向の世界にはそういう温いシステムは無いらしい。
ならば最初はどこかのパーティーに潜り込んで、色々と学ばせて貰おう。
ちょっと寄生っぽいけど、いきなりソロで挑んで戦い方が解らずに死亡は避けたいからな。
そんなことを考えていると……
「みんな聞いてくれ!町外れの森までゴブリンを討伐してくるクエストを受けたい!こちらは今3人だがもう1人ほど募集したい!」
ちょうど良いタイミングで募集が掛かった。
叫んでいるのは20代ぐらいの若い男で、爽やかなイケメン。
ゴブリン退治というのも初心者向けっぽくて良い。
何人かが手を上げるなか、俺もつられるように手を上げた。
は、ふぁい!
なんか裏返った声がでた。
結構緊張してるよ、俺。
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俺が声を上げると、募集していた3人組がこちらに歩いてきた。
爽やかイケメン男と、それと同年代ぐらいの女性、2人よりやや若い男が1人。
3人とも悪党っぽくはない。
だから大丈夫だ。落ち着け俺。
「やあ、僕の名前はルース。隣にいるのがリインで、こっちはハンス。見たとおり3人とも戦士だ。君は?」
俺の外見は彼らよりも一回り若い。
ここはNewbieっぽく振る舞っておこう。
俺の名前は…
どうしよう、3人ともファンタジー世界な名前だ。
日本語名じゃなくいつもゲームでよくつける名前にしておく。
ただの本名のイニシャル。
A.Gです。魔術師やってます。
魔術師、と言うと周りが一瞬おおっという感じでざわめいた。
まずかったか?魔術師。
死霊術師よりはマシだと思ったんだが。
「エイジ君か。君はここでの依頼を何度か受けた事があるかい?」
結局日本名っぽくなってしまったが、まあいいか。
モンスター退治ならゲームで20年以上はやってる大ベテランですよ。
とはもちろん言わない。
いえ、初めてです。不馴れですが、よろしくお願いします。
俺はMMORPGの定型文のように挨拶した。
「ああ、よろしく頼む」
そのまま握手した。
どうやら採用OKらしい。
隣にいたリインがちょっとだけクスッと笑っていた。
うーん、なんだろう。精一杯の背伸びをしている弟を優しく見守る姉って感じの雰囲気。
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パーティー自動編成ボタンぽちー
シャキーン
「よろ」
クエスト地に自動ワープ
クエスト進行……クリア
「おつ」
ギルドにワープしてきて終了。
とはいかず、まずは目的地まで何時間もかけて歩かねばならんらしい。
この身体に変わってなければ絶対に途中でバテて倒れてるところだ。
だが俺の1X才当時の身体能力でも、長時間歩けばやはり息が上がってくる。
この3人は凄いね。まあ、毎日こんなに歩いてたらそりゃ鍛えられるか。
「よお、大丈夫か?バテてないか?」
ハンスが話しかけてきた。
ちょっとやんちゃやってます、という感じの軽戦士で武器は短槍を持っている。
大丈夫ですよ。ハンスさんは冒険者やってて長いんですか?
少し水を向けてやると、よくぞ聞いてくれました!とばかりにペラペラと話始めた。
1番年下だったところに後輩がやって来て、先輩かぜを吹かせたくなるその気持ち、解る。
ハンス曰く、
ゴブリンによって作物や家畜を奪われたり、襲われて大ケガを負った村人が最近増えてきていて、このまま放っておくわけにはいかないぜ。
ルースさんはこの辺りのギルドじゃ1番の腕利きで頼れる人なんだ、リインっていっつもルースさんと一緒にいるんだよ、つーことは解るよな?
俺もお前と同じぐらいの頃に冒険者を始めたぜ、お前みたいに金持ちのボンボンじゃないから、家族は生活が大変でなあ~
えっ、金持ち?俺が?
「魔術習ってんだろ?相当金積まないとそんなとこ入れないぜ」
そういうものなのか。
この世界では魔術師はレアな存在なのかもね。
そんなことを話していると、前を歩いていたルースがこちらにやって来た。
「エイジ君は魔術師だったね。属性は何が使えるのかな?」
はい、闇属性です。死霊術師なんで死体からゾンビとか作れますよ。
などとはたして言っていいのかどうか……
止めといた方がよさそうな気がする。
幸い、俺は初心者用の初等魔術が大体一通りは使える。
魔術師は、まず初等魔術を習得し、次に自分の属性にあった上位の魔術を覚えていくようだ。通常は。
まだ、属性とか無いんですよ。初等魔術だけで。
無難にそう答えると、ルースの隣にいたリインが、ははーん、やっぱりね、という顔をした。
何なのだ。
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街道をひたすら歩いて、しばらく行ったところの分かれ道から細い方へ進むとやがて森の中へ。
「ここから先はもういつ敵が出てきてもおかしくない、気を付けるように」
ルースが警告するようにそう言う。
さらに先に進むとどんどん道は細くなって行き、森も鬱蒼としてきた。
道から外れて森に入ったら、確実に迷う自信がある。
「待て」
低い声でルースがそう言い、腰の鞘から剣を抜いた。
リインも剣を抜き、ハンスも槍を構える。
なんだ、もうゴブリンか?
「野犬だな」
野犬は全部で3頭いた。
道の端に落ちている小動物の死骸に喰らいついている最中だったらしく、こちらが近づくと鋭い牙を見せながら吠えて威嚇してきた。
犬といっても前世の野良犬なんかより一回りは大きい。
面構えも何だか凶暴だ。
「大きく迂回すれば、回避出来るかもしれんが…」
森の中へ入るのはやはり避けた方が良いのだろう。
武器を構えながら死骸の反対側の道端を通り抜けようとするのだが、餌を奪われると思ったのか3匹とも臨戦態勢に入った。
ぎらついた牙と、死骸の血で赤く汚れた口元。
普通に怪物だよこれ。
「無理だな、やろう」
「ええ!」
「おう!」
ルースの戦闘宣言に二人が短く答える。
俺もハイ!と言って杖を構えた。
しかしこのパーティー、近接3人遠隔1人だな。
ヒーラー居ないのか。バランス悪いな。
まだ野犬との距離はやや離れているが、魔術を使うべきだろうか?
もういいんですか?いいよね?撃つよ、俺。
初等魔術の中から攻撃魔法を選ぶ。
魔術弾。
俺の杖から3本のエネルギー弾が放たれる。
高速でホーミング飛翔するそれは、3匹の野犬にそれぞれ1発ずつ命中した。
ギャン!と吠えながら野犬は仰け反るが、致命傷までには至っていない。
だが体勢は大きく崩された。
3人はそのチャンスを逃さず一気に踏み込んで距離を詰めると、一撃のもとに野犬を斬り伏せた。
凄いな、もしかしてこの人らはかなり強いのでは?
頭の上にレベル数と名前とかが表示されれば、自分とどれぐらい差があるか解るのになあ。
「よし、終わったな」
「へへっ、なかなかやるじゃないかエイジ」
ハンスに誉められちゃった、少し嬉しい。
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さらに先へ進むとやがて道は終わり、小型の運動場ぐらいはありそうな開けた場所へ出た。
この辺りが薬草の群生地で、最近はここへゴブリンがたまに出るから退治してくれ、というのがこのクエストの主旨のようだ。
ゲームなら行けば必ずゴブリンが居て、倒せばクリアだが、現実的には居るか居ないかは完全に運だ。
そして今は居なかった。
居ませんでした、で帰って終わりというわけにもいかず、しばらくは周囲を警戒しつつ待機、巡回をすることにする。
その間に薬草の種類や見分け方を教えてもらったりもしたが、これがなかなか難しい。
元の世界でも野草なんてほとんど気にもとめてなかったしなあ。
そんなこんなで小一時間ほど時間を潰していると、
「来たぞ、奴らだ」
本命が来たようだ。
ラストバトルが始まる。
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森の中から現れたゴブリンどもは、こちらと同じ四人組で、すでに臨戦態勢に入っており、武器を構えている。
ボロボロの剣盾3匹が前衛で、後方に弓を持ったのが1匹だ。
こっちの編成と似てるな。
ルース達も武器を抜いていて、俺の前に出てゴブリンと対峙している。
お互いにじりじりと距離を摘めているところだが、どうしよう、また魔術で先制するか?
「エイジ君、後ろの弓の奴に気を付けてくれ。君を狙っているようだ」
ルースの言うとおり、弓ゴブはつがえた弓を俺に向けて構えている。
他者から明確な殺意を持って弓で狙われるなんて、もちろん産まれて初めてだ。
心臓がバクバク言い出した。普通に怖い。
俺は初等魔術の中から魔術を選択する。
魔術盾。
俺の前に透明な魔力の盾が現れる。
と、ほぼ同時に矢が飛んできて力場に弾き返された。
よし、防げる。でも結構ギリギリだった。
あの飛んでくる矢の速さよ。
飛んでくる矢を紙一重でかわす、なんて超反応、俺には出来そうもない。
ゴブ弓が合図となったかのように、前衛3人はゴブリン3匹とそれぞれ1対1で戦闘に入っていた。
こうも両者の距離が縮まってしまうと、前衛3人への魔術の援護は難しい。
味方を誤射してしまいそうだ。
と、なると俺の相手は後方の弓ゴブになる。
出現させた魔術盾はまだしばらくは維持できそうで、飛んできた2本目の矢も弾き返した。
そろそろ反撃といこう。
魔術弾。
弓矢ほどではないが、かなりの速さで飛ぶ魔力のエネルギー弾が弓ゴブを襲う。
弓ゴブは横にステップしてかわそうとするが、こいつのホーミング性能はかなり優秀で、カーブを描きながら弓ゴブの顔面に命中する。
ブヒッ!っと声を上げながら揉んどりうってぶっ飛ばされる弓ゴブ。
効果を確認すると、俺は連続して魔術弾を撃ちまくった。
慌てて起き上がろうとする弓ゴブに、次々とエネルギー弾が襲いかかる。
離れた場所から一方的にサンドバッグ状態にしてぶちのめしまくる構図は、なかなかエゲツナイな。
最後は弓を捨てて森に逃げ込もうとした後頭部にまともに一撃を喰らい、弓ゴブは地面に突っ伏したまま動かなくなった。
死んだ……のかな…?
再び俺の心臓がバクバク言い出した。
前世じゃ小動物すら自分で殺したことはない。
だが、やりゃなきゃこっちがやられていた状況だ。
俺が魔力を消費しまくってようやく1匹を倒してる間に、ルースは既に自分の相手を屠っていた。
そのままリインに加勢して、2対1。
拮抗していたバランスが崩れると、あとは早かった。
リインの相手もすぐに倒され、そのまま二人がハンスに加勢して3対1になると、ゴブリンはもうなすすべが無くなり、ハンスの槍を喉に喰らって打ち倒された。
凄いな、完勝だ。
ヒーラー要らないじゃん。
俺は自分が倒した弓ゴブの姿を確認すべく、そちらへ向かって歩き始めた。
それにしても、こいつ1匹倒すのにどれだけ魔力を消費したんだろう。
HPもMPも表示されないから解んないんだよ。
ん、HPが表示されてない……って。
「エイジ君、そいつから離れて!」
えっ。
唐突に腹に沸き上がる激痛。
起き上がった弓ゴブが、俺の腹にナイフを突き立てていた。
い、痛てえええええ!
家に押し潰された時も痛かったが、あんときは一瞬だった。
コイツは継続して痛てえええええ!
何がこの世界はゲームかも、だ。
こんなのリアルに痛てえよ!
走り込んで来たルースが、死んだふりをしていやがった弓ゴブに今度こそ止めを差すのが見えた。
「回復スクロールは?……自分で持ってないのか、くっ!」
ルースはバックパックからなにやら巻物の様なものを取り出すと、俺の腹からナイフを無理やり引っこ抜き、その痛みでのたうち回る俺を押さえ付けながら、巻物を広げた。
巻物は白い光を放ちながら消滅し、それと同時に腹の傷口が塞がっていく。
どうやらこれは1回だけの使いきりで光属性の回復魔術が使える代物らしい。
「死んだと確認できるまでは、絶対に気を抜くんじゃない。今のは危なかったぞ」
その通りでした、ごめんなさい。
それと、ありがとうございます。
……あなたのおかげで助かりました。
まだ鈍く残る腹部の痛みに呻きながら俺がそう言うと、ルースは安堵した表情を見せた。
となりから心配そうなリインと、やれやれといった顔のハンスも見えた。
うーん。
実戦経験の無さが、もろに出た失敗だった。
これじゃ本当にNewbieだわ。
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討伐の証拠にゴブリンの身体の一部を持ち帰らねばならず、それを取り出す様はかなりグロかった。
死体の残骸を広場の片隅にまとめておき、帰路につく。
ここからまた何時間もかけて街まで戻るのは正直しんどい。
なんか乗り物とかないのかね、チョ○ボとか。
先輩面したハンスから、もっと気を付けないとダメだぜ~俺んときなんかはよう~から始まる武勇伝を聞き流しながら、先ほどの戦闘の事を考える。
さっきは初等魔術しか使わないというハンデがあった、だが闇属性の魔術を織り混ぜれば、もっと上手く立ち回れたかもしれない。
やっぱ使おうかなあ、闇属性。
ハンスさん、闇属性の魔術ってどう思います?
「なっ、闇属性?」
俺の唐突な問いにぎょっとした顔をするハンス。
「闇属性の魔術なんて使えるのは、邪悪な邪教徒ぐらいのもんだろ。そんなもん使ってたら、衛兵に捕まって縛り首だ」
し、縛り首ですか。
これじゃ使えないな。
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さらに帰り路を進む。
日が暮れ始め街まであと少し、というところでルースが俺のとなりにやって来た。
「エイジ君ちょっと聞いてくれ。少し真面目な話をしよう」
な、何ですか。また怒られるんですか。
「君に魔術学校で何があったのか、僕は知らない。
だけど君の親御さんは相当なお金をかけて、君をそこに入れてくれたのは間違いない。
それだけ君の将来の事を考えてくれているんだ」
え、学校?
「魔術学校で学べる機会なんて、普通に生きてる人にはあり得ないぐらい幸運なことなんだ。
だからまずは、しっかり魔術を使えるようになった方がいい。
憧れている冒険者になるのは、その後でもいいだろう。
というか、そこまで行けば冒険者なんかよりずっと良い仕事が、いくらでもあるだろうけどね」
そう言うと少し自嘲気味に笑い、
「冒険者なんてのは、吟遊詩人の物語に出てくるようなカッコイイことばかりじゃない。
それは今回の冒険で君も少しは解っただろう」
………。
「ああ、それと闇属性については絶対に手を出すのは止めておくんだ。
あんな外道な技を使いたいなんて奴は、人の道を踏み外したクズだけだ。
君ぐらいの歳なら、反体制的なものに引かれるのも解る。
でも、闇属性は駄目だ。あれは邪悪過ぎる」
じゃ、邪悪……。
「今回の冒険はここまでだ。
ミラージの魔術学校まで、帰りなさい。
それが一番良い。解ったね?」
なんてこった。
この人は架空人物エイジ君(推定年齢1X歳)の事を、親身になって案じてくれているのだ。
真剣な眼差しで見つめてくるルース。
またもお姉さんモードに入ったリイン。
先輩面でウンウン頷いてるハンス。
この流れ、この勢いに思わず俺は。
はい!
って言ってしまいました。
いや、ミラージなんて場所も知らないのにどうすんだ、俺。




