幕間「本陣護衛」
ーーーーーーーーーー 元・衛兵視点
あのナガッセが焼け落ちた日に、聖教会の司祭に拾われた俺は流れ流れてこの戦場に兵士としてやって来た。
最前線で死と隣り合わせの一兵卒という訳ではない。
あの時の司祭の護衛兵としてでだ。
だからあんな血生臭い最前線になど行かずとも良い。
こうして比較的安全な本陣の内側に司祭と共にいられるのだ。
今、本陣の中へ斥候兵が戻ってきた。
「平原東部にて敵軍を発見、およそ歩兵部隊二千です」
報告を受け、本陣内の最高権力者が頷く。
「ご苦労、事前情報の通りだな」
チャイカ連邦軍のドミトリー将軍。
この派遣部隊の司令官だ。
「このまま東へ向かう。骨どもを葬ってやろう」
部隊の移動が開始された。
横隊で何列かに並んだ歩兵三千が前を進み、その後ろに縦隊の騎兵五百、その隣に俺達がいる本陣部隊。
東へ移動し続け暫く進むと、再び斥候の報告が入る。
「敵兵二千、東部に現れました。横隊のままこちらに向かっています」
「ほう、兵力劣勢なのに逃げずに戦いを挑む気か」
と、ドミトリー将軍。
「所詮はアンデッドどもの寄せ集め、大した知能は無いのでしょう」
と、司祭。
将軍付きの参謀たちも、口々にそれに同意する。
「左様、先の城の戦いでもアンデッド弓兵は単純な行動しか出来ていなかった」
「兵力差に物を言わせ、一気に蹴散らしてやりましょう」
楽観視する者が多い中、一人の女性参謀が反対意見を述べた。
「待って下さい。戦いを挑むということは、向こうにも勝算があるということです」
イレーナ参謀。
若くしてチャイカ軍事アカデミーを高成績で卒業した才女。
「先の平原北部の戦いでは、兵力劣勢にも関わらず勝利したと報告があります。決して侮って良い相手ではありません」
「北部?ああ、あのオークどもと戦ったというアレか」
「オークどもは何も考えず突っ込んでくるだけの連中だからなあ」
わはは、という相手を蔑む笑い声。
イレーナの意見は取り入れられなかった。
「歩兵部隊、横隊のまま前進せよ」
将軍の命令を受け、歩兵三千が前へ進む。
参謀達がその様子を見つめる中、イレーナだけは訝しむ顔で空を凝視していた。
「あの鳥、何か不自然ではありませんか?」
「……普通に飛んでいるだけに見えるが」
「同じ鳥が、何度も往復しているように思えるのです」
「鳥なんてそういうものだろ」
「そもそも、あんな高い所を飛んでいる鳥の見分けが付くのか?」
「それは……」
そうこうしているうちに戦端が開かれた。
チャイカ歩兵三千とスケルトン歩兵二千が横隊のままぶつかり合う。
先に仕掛けたのはチャイカ側だった。
「歩兵部隊後方の三列、左翼側へ旋回し、敵軍の側面を突け」
将軍の命令を受け、歩兵の一部が旋回を開始する。
このまま側面包囲が完成すれば、兵力差を考えると勝利はほぼ確実となるだろう。
「敵軍、対応します。守勢鈎形……いえ延翼です」
敵軍は歩兵部隊の一部を左翼側へ延ばし、側面包囲を防いだ。
カタカナの「ヘ」の字の形で戦闘が続く。
「まずまずの対応だが、動きが稚拙だな。所詮アンデッド兵か」
参謀の誰かがそう言う通り、「へ」の字の屈折点に綻びが生じ始めた。
「へ」の字だった陣形が、「ハ」の字の形に開いていく。
左右の部隊の連携が上手く取れていない時に起こる、初歩的なミス。
「見ろ!アンデッドどもは従順な乙女だな、自分で股を開きおったぞ!」
参謀の一人が下卑た冗談を言い、本陣内が爆笑の渦になった。
イレーナは顔を背け、その冗談を受け流した。
「この機を逃すな、全騎兵部隊に突撃を……」
「待って下さい!」
イレーナが叫び、ドミトリー将軍の命令を遮った。
「なんだ、またお前か」
「あまりに上手く事が進み過ぎです。ワナの可能性も」
イレーナは必死に参謀達を説得しようとする、だが……
「そんな知能など、アンデッドどもにあるものか」
「さっさと攻撃を開始しないと、あの乙女は股を閉じてしまうぞ」
「そうだ、幸運の女神に後ろ髪は無い。兵は拙速を尊ぶのだ」
にべもなく却下されてしまう。
イレーナは黙ってうつ向くことしか出来なかった。
その姿に、俺はなんとなく既視感があった。
ナガッセの隊長室で、意見を具申し、簡単に却下され……
「戦いの主導権は今、我々が握っている。わざわざ敵に渡してやる必要など無い」
ドミトリー将軍は多数の参謀の意見を受け入れ、突撃を命じた。
「全騎兵部隊突撃!中央突破で骨どもを真っ二つに分断しろ!」
命令を受け、騎兵部隊は縦隊のまま鬨の声をあげ全速力で突撃を開始した。
「ウラアアアアー!」「ナシュ・ウラアアアアー!」
目指す先は敵陣に開いた「ハ」の字の中央隙間部分。
ここに突撃し、敵を中央突破して粉砕すれば勝利は決定的となる。
猛ダッシュで隙間に飛び込んだ先頭の騎兵が見たものは、
勝利の栄光。
ではなく、槍衾で待ち受ける、長槍スケルトン部隊の集団だった。
ーーーーーーーーーー エイジ視点
わざわざ罠に真正面から突っ込んで来たマヌケな先頭の敵騎兵は、槍衾に自分から飛び込んで行って串刺しになって倒れた。
その後ろで起きたのは、要するに騎兵の連続玉突き事故だった。
危ないよ、お馬は急に止まれない。
そのまま前に突っ込んで激突する者。
急に曲がろうとして落馬転倒する者。
速度を落とそうとして後続の馬に追突される者。
競馬なんかで、騎手が落馬した後に後続の馬が二、三頭巻き込まれて転倒したりする痛ましい事故が起きたりするが、それの規模を数百頭分に拡大したのがこれにあたるだろう。
何も考えずにぶら下げられたエサに飛び付いてくるから、こういう目に逢うのだ。
何事も早けりゃ良いってものでは無い。
稚拙な早さは、破滅を招くのだ。
まあ、こっちだけズルして上空から敵の行動まる見え、っていうのもあるが。
さて、とっととトドメを刺して楽にしてやろう。
二体のスケルトンが、骨馬車に積まれていた大樽から盛大に骨をぶわーっとばらまいた。
二樽分ほどばらまくと、休眠状態だった骨が徐々に集まっていき、やがて二頭の骨大熊になった。
ハンニバルならば象を使う所だろうが、ここには象はいない。
代わりに俺は大熊を使うとしよう。
二頭の骨大熊は全速力で突進し、地面でもがき苦しんでる敵騎兵の成れの果てを、文字通りの意味で蹂躙した。
撥ね飛ばし踏み潰して切り開いた後の道を、骨馬車で疾走し、更にその後ろにスケルトン長槍兵が駆け足で続く。
今や中央突破されたのは俺ではなく、相手の方になった。
大熊二頭と骨馬車でこのまま敵本陣へ突貫する。
長槍兵は左旋回して、敵歩兵の側面を包囲強襲する。
これで勝敗は完全に決した。
ーーーーーーーーーー 元・衛兵視点
砂塵の向こうに消えた騎兵部隊は、本当に消え去ってしまい、代わりに敵の骨部隊が中央部から飛び出してきた。
中央突破をするはずが、いつの間にか俺達が中央突破されていたのだ。
ハメられた。
あのいかにも突っ込んでくださいと言わんばかりの隙間は、敵の罠だったのだ。
股を開いた女に鼻の下を伸ばしていたら、まんまとハニートラップを喰らったわけだ。
笑えない冗談だな。
骨の大熊が二頭、全速力で本陣に向かって突っ込んで来ている。
「邪悪な異教徒め、叡智神の御力を知れ!」
あの司祭が渾身の力を引き出して、死者返しを放った。
だがあっさりとレジストされ、なんの効果も及ぼさない。
「な、なんだと……」
それを見るやいなや、本陣は逃げ出そうとする者達でごった返し始めた、もはや指揮を取るどころの話では無い。
「邪魔だ、どけ!」
「あうっ……」
逃げ出そうとする司祭に突き飛ばされて、イレーナが地面に倒れた。
骨大熊は目前まで迫って来ている。
イレーナは起き上がろうとしていたが、もう間に合わない事を悟って目を瞑り……
その時、俺は自分でも何故こんなことをするのかよく分からないままイレーナに向かって飛び出し、抱き抱えながら横へ転がった。
間一髪で骨大熊が俺とイレーナの横を走り抜けた。
あとちょっとずれていたら、間違いなく踏み潰されていただろう。
「う、うぼぁああ……」
イレーナを突き飛ばした司祭は、もう一頭の骨大熊に轢き潰されていた。
自業自得ですな司祭殿。
神は、貴方の行いを見ておられたのですよ。
だが、まだこちらも安心は出来なかった。
大熊に続いて馬車が本陣へ突っ込んで来る。
奇妙な馬車だった。
四頭の骨馬が引く、骨製の禍々しい馬車。
確実に俺とイレーナを撥ね飛ばすコース……
だったのだが、急に少し左に角度が変わり俺達を避けて進むコースになった。
わざと、避けたのか。
なぜ俺達を轢き殺さない?
すれ違い様、馬車の窓から漆黒のマスク付きローブを着た男の姿が見えた。
あれが例の黒衣の死霊術師か。
倍近い兵力差で、騎兵まで持ってる俺達を、易々と破りさりやがった。
「あの……助けてくれて、ありがとうございます」
俺の腕の中でイレーナがそう言った。
俺に礼なんか言っちゃいけませんよ。
何せ俺はナガッセの街を焼き払った張本人である、大悪党なんですからね。




