戦術的退却
ゴウラ・チャイカ連合軍再編成の隙を付き、霧に乗じて丘陵地から移動を開始した。
ミシマ橋防衛隊を攻撃していたゴウラ軍を背後から強襲して蹴散らし、急いで橋を渡り始める。
だが、狭い橋を全軍が渡りきるには時間が掛かる。
再編成を完了させたゴウラ・チャイカ連合軍は丘陵地の陣が空になっていることに遅まきながら気が付き、直ちに追撃を開始した。
殿は俺の骨が勤めます。
ツラギ兵は先に橋を渡って下さい。
「分かった、忝ない」
遅延戦闘を繰り返し、ツラギ兵の後退を支援する。
なるべく被害がでないように気を付けながら、敵の前進を妨害していくのだ。
前世九州南部地方にいた超絶戦闘集団のような「捨てがまり」までは流石に無理だが、まずまずの効果があった。
それでもゴウラ軍の追撃を受け続ける為に、少なからぬ損害が骨にもツラギ兵にも発生していた。
ーー
ようやくツラギ兵の対岸への退却が終わった。
骨達は橋の向こう側で半円攻撃を受けるような形になっている。
いつぞやの遺跡での戦いの時の逆だな。
骨を橋の中ほどまで後退させた。
ゴウラ軍もこちらの後退に合わせるように前進し、橋の中ほどまで進出してきた。
うーん、このままでは退却に付け込まれて橋を突破されてしまうな。
橋を破壊しましょう。
「まだ貴殿の兵士が残っているが、構わんのか?」
所詮、骨は骨。人の命よりは軽かろう。
それでも兵数を揃えるためにルナと毎日コツコツ作った骨兵だ。簡単には切り捨てたくは無い。
だが橋を突破されて、こちら側に雪崩れ込まれるのはなあ。
「私が竜巻で破壊しますよー。タイミングを指示して下さい」
じゃあ今から骨を全力で走らせますので、渡りきったタイミングで。
戦闘中、突然回れ右して背中を見せて走り出す骨兵達。
ゴウラ兵はキョトンとしていたが慌てて後を追いかける。
最後の骨が橋を渡り切った瞬間、
「竜巻!」
橋が暴風に巻き上げられるように破壊され、多数の兵士が谷底へ落下していった。
ほんの数人の兵士だけ、骨と共に橋を渡り切ったが……
「……」
直ぐに武器を捨てて降伏した。
賢い判断だ。
ーー
橋が破壊されてもまだ戦争は終わらない。
今度は川を挟んで弓の射撃戦が始まる。
後世の歴史家は言うだろう
「なぜこの時点で、戦争を止めなかったのだ」
当事者達は言うだろう
「そんな簡単に、戦争が止められる分けないだろ」
「あれ、骨兵達ずいぶん数が減ってませんかー?そんなに倒されちゃいましたか?」
いや、ちゃんといますよ。
向こう岸に。
「あ、また何か企んでますね」
射撃戦を続けているうちに双方とも横に薄く広がっていく陣形になっていった。
より多くの兵士が弓を撃とうとすると、自然とそうなっていくのだろう。
少しだけ魔力借りてもいいですか?
「……良いですけど、何をするんです?」
なあに、ちょっとした煙幕ですよ。
左手で緑ローブと握手をし、右手で杖を対岸に掲げる。
範囲拡大、猛毒雲
「あはっ……あ……あ……」
緑ローブが膝をついて喘ぎだした。
護衛士のライガーが駆け寄って肩を支えてやる。
俺の方もかなりクラっと来た。
ピアが来て俺を支えてくれる。
もう魔力の残りが少ないようだ。
さっき調子に乗って撃ちすぎたかなあ。
「もう、魔力を吸いだし過ぎですよ。危うく気絶しちゃうとこだったじゃないですかー」
ああ、ごめん。
これでもルナから引き出す時より、かなりセーブしたんだけどなあ。
だが二人分の魔力を注ぎ込んだだけの価値はある。
横方向に長ーく範囲を変更した毒雲がモヤモヤと広がっていった。
威力増強せず範囲拡大だけだったから、毒のダメージは大したことは無い。
が、折しも酷くなって来た濃霧と毒雲とで、敵の視界は格段に低下した。
そこへ、対岸に休眠状態にして埋伏させておいた骨兵を再び活動させ、敵軍の背後から襲わせる。
視界不良の敵軍に対する完全な後方奇襲。
大混乱となったゴウラ軍は、足を踏み外したり押し出されたりして崖下へ落下する者が多発した。
またも多数の兵士を失ったゴウラ軍は散々になって退却していった。
さすがにこれで一段落は着いただろう。
もう増援は無い……よね?
「ところで、貴方が倒されたりした時ってあの骨達はどうなるんですか?」
…………普通の死骸に戻るだけですよ。
「ほんとですかー?何か変な間がありましたけど」
制御オーブの無いところで倒れたら、全下僕は野良アンデッドになってゴウラ軍もツラギ軍も見境なしに襲い掛かるだろうな。
結構危ないリスクだな、これって。
ーー
ヒルダ王女は工兵隊に仮設橋の設置を命じたが、完成までにはまだかなりの時間を要するようだ。
ネファラム城からの連絡はあれ以来きていない。
便りがないのは元気な証拠、何て言うけど、
それを真に受けて偵察機をほったらかしにしといたら空母を四隻も失ってミッドウェーで大敗した国がどこかの世界にはあるようだ。
早速ピアに連絡を取ってもらう。
「ネファラム城は攻撃を受け続けているが、まだ持ち堪えられるとのことだ。チャイカ軍は攻城兵器も無く、遠巻きに矢戦を仕掛けてくるだけらしい」
本気で城を攻め落とす気は無くて、今は弱点や強度を推し測っているという事だろう。
とはいえそのまま放置は出来ない。
こちらの戦場が一段落着いた今、そろそろ救援に向かうべきだ。
俺はヒルダ王女の天幕へ行き、ネファラム城が攻撃を受けていることと、救援に向かいたい旨を伝えた。
「そうか、そういうことならば仕方あるまい。
ここまで共同で敵と戦ってくれて、改めて礼を言おう。
貴殿の軍、戦術、魔術、すべて素晴らしかったぞ。私は命まで貴殿に救われたのだ」
こちらこそ、ツラギ軍と共に戦えた事を光栄に思います。
「うむ。我らは橋の応急措置が済み次第、北上して砦の様子を探るつもりだ。これだけ叩きのめされればゴウラ軍も大人しくなるとは思うが、まだ安心は出来ぬ。貴殿に援軍を付けてやれる余裕が無いのが心苦しいが……」
なに、我が軍だけでチャイカ軍を蹴散らして来ますよ。
「しかしチャイカ連邦がそこまで兵力を投入してくるとは、予想外だな。ゴウラを頭越しに飛び越えて平原を南下したということか」
ーー
天幕から外へ出ると、緑ローブとその護衛士の大男が待っていた。
「もう行ってしまわれるのですかー?」
ええ、ネファラム城へ救援に行かなければなりません。
「貴方と知り合いになれて良かったですよー。
正直、闇属性のネクロマンサー何て言うから、もっと邪悪で危ない人かと思ってました」
ええ……でもまあ、一般的にそんなもんだろうね。
「それだけに、本当に惜しいですー。
貴方ならミラージで上級魔術師として色付きローブ、どころか魔導衆の一員にすらなれたかもしれません」
そりゃ他に闇属性魔術を使える人もいないでしょうからね。
「それを抜きにしてもですよー」
と、それまでほとんど話さなかった寡黙な大男ライガーが口を開き、
「武運長久を祈る。お前にも、そしてそこのダークエルフにもな」
話を向けられてピアは少しだけピクッとしたが、
「ああ、お前にも御武運を」
とだけ短く返した。
ーー
骨馬車に乗り込み、ツラギ軍の陣地を後にした。
まずは川沿いに西へ進み、ネファラム平原を目指す。
対岸の骨兵主力部隊と合流した後、南下してネファラム城を目指すつもりだ。
「ミラージめ、よほど君の事を欲しがっているようだな」
そういえば、ダークエルフにはミラージみたいな魔術師の組織って無いんですか?
「アザ教に似たような物はある。
子供の頃に魔術の才能があると分かれば、そこへ預けられて初等魔術や闇属性の魔術を司祭達から学ぶのだ。キュー姉が多少なりとも魔術が使えるのはその為だ」
へえ、そこへ行けばもっと闇属性の魔術を学べますかね。
「いや、あれは子供用の奴だ。それに君ほど魔術を使いこなせる者はアザ教の司祭達にもそうはいまい。導師様本人ぐらいかなぁ君に匹敵するのは」
ここからネファラム城までは24時間ぶっ通しで骨馬車を走らせても、まる二日は掛かる。
先の戦闘では魔術を使いすぎた。
魔力の残量が少なく、かなり身体がダルい。
「疲れたかい?あれだけ魔術を連発していたものな。
少し休むと良い。その間、私が見守っていよう」
ありがとうピア。そうさせて貰うよ。
安心すると急に眠気が襲ってきた。
すぐにウトウトし始めた俺に、横からピアが抱きついて来た。
「おやすみエイジ君。ゆっくりと休め。私の……私の、エイジ君……」
そう言いながらピアは俺の身体を撫でてきた。
俺はピアに身を預けたまま、やがて寝入ってしまった。
ーー
どれぐらい時間がたったのか。
時計が無いこの世界ではそういった所が不便だ。
ピアが黒玉石で通信しているのが見えた。
「ああ、起こしてしまったか。だが、都合が良い。
今、キュー姉から連絡があった。ネファラム城を攻撃していたチャイカ軍が、退却を開始したらしい」
ほう、諦めたか。あるいはもう調査を終えたのか。
「結局、遠巻きに矢戦をしていただけで、双方とも大きな被害は無いそうだ。チャイカ軍は北上し、平原へと帰っていったと」
北上……退却……
何か引っかかるな。
「うん?」
向こうは北上してネファラム平原へ移動している。
こっちは川沿いに西へ向かって、同じくネファラム平原へ移動している。
「チャイカ軍は、我々がこのルートを使って城へ戻ろうとしている事を、もう掴んでいると?」
まだ、憶測。だけど可能性はある。
チャイカ軍は退却しているのではない。
俺達と戦うために、移動しているだけなのでは……
チャイカ軍の戦力はどれぐらいでしたっけ?
「歩兵が約三千、騎兵が五百だそうだ。騎兵はほぼ戦闘には参加しなかったそうだが」
こっちは歩兵だけでおよそ二千二百。
もし平原で戦うとなると、ちょっと心もとない戦力だなあ。
と、言うわけでピア。
「む?」
一狩り行こうぜ!




