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戦場の霧

 ゴウラ軍は杉林の奥に予備部隊を隠し持っていたのだろう。


 恐らく、ツラギ軍を丘陵地から引きずり出すために、偽退却か何かを行って誘い出し、降りてきた連中を奇襲攻撃する為の予備。


 ……だったのが、本当に退却してしまって慌てて投入した増援、ということか。


 戦場には不確定要素が付き物だ。

 事前に全部知っておく事なんて、出来はしない。

 クラウゼビッツが戦争論で言うところの「戦場の霧」という奴だ。


 長時間に渡る戦闘で、ツラギ軍には負傷者が続出していた。

 重傷者は天幕後方の臨時野戦病院に寝かされて衛生兵による処置を受けているが、軽傷者は応急手当だけで戦場につれ戻される。

 運が良いのは果たしてどちらなのか。


 ともかく、今まともに戦えるのは開戦時の約半分だ。


 俺のスケルトン部隊にも損傷が出ていた。

 当初三千いた兵数は二千五百強ぐらいにまで減少している。


 減ってしまった兵力に対応するため、戦線の収縮が行われた。

 結果、前線と天幕までの距離が縮まったが仕方がない。


 ゴウラ軍の増援部隊はほぼチャイカ兵の様だった。

 再び弓兵で横隊を組み、その後ろに歩兵の横隊が何列か続く。

 兵力は開戦時と同数ぐらいにまで回復している。

 指揮官の姿は見えない。恐らく後方に本陣を作り、そこで指揮を取っているのだろう。

 ウリム将軍の二の舞にはなりたくないらしい。


 両軍が部隊の再編成を完了させ、短い休戦時間が終わった。

 またも天候が急変し、今度は霧が出始めた。


 雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす。


 霧はその濃度を増していき、徐々に視界が悪くなり始めた。

 そんな中、ゴウラ・チャイカ連合軍が前進を開始させた。


 双方距離が縮まり、前回と同じ様な射撃戦が始まる。

 もうゴウラ軍には魔術師は居ないらしく、俺も緑ローブも思う存分魔術をぶつける事が出来た。


「……トトラ君の姿が見えないですねー。どこ行っちゃったんでしょうか」


 さあ?

 大人になったから、もう見えなくなってしまったのかも。


 チャイカ兵は明らかにゴウラ兵より連度が高かった。

 チャイカ弓兵は広角射撃と水平射撃を巧みに組み合わせて射撃を行ってくる。

 今までのように横に盾を並べているだけでは、頭上から降ってくる矢を防げないのだ。


 歩兵部隊と共に登ってくる工兵隊も厄介だった。

 手鉤縄を器用に使って柵や大楯を引き倒してしまうのだ。


 対応にもたついているうちに歩兵部隊が陣前まで迫って来ていた。

 またも泥沼の接近戦が始まる。


 ーー


 高所に陣取っているとはいえ、兵数の半減したツラギ軍はジリジリと押され始めていた。

 チャイカ兵は歩兵の連度も高く兵数も優っている。

 このままだらだらと戦っていたら、やがて前線が崩壊しツラギ軍は敗退することになるだろう。


 そうなる前に、何か手を打たねば。


 チャイカ兵達の足元には、敵味方合わせておびただしい数の死骸が転がっている。


 これだけ蓄積されていれば十分だろう。

 俺は闇属性の上級魔術を行使する。


 威力増強、死 骸(コープス)爆破(エクスプロージョン)


 範囲内の死骸を爆破させて、周囲に大ダメージを与える魔術。爆破先に他の死骸があれば、爆破は連鎖していく。


 最初はほんの一ヶ所で始まった爆発が、次々と連鎖して範囲が広がっていき、やがて野火の様に戦場全体へと拡大して行った。

 四百回ぐらいバヨエーンが聞こえてきそうなほどの大連鎖爆発。


 威力は十分だった。

 チャイカ兵は二列分ぐらいの横隊が轟音と共に次々と弾け飛んだ。


「うわー、えげつない魔術ですねー。死者に対する尊厳とかあなたの頭の中には無いんですか?」


 絶対言われると思った。だがもう泥沼のこの戦場でそんなもん気にしていられるか。


 この魔術は起爆剤として死骸が必要な所が難点だ。

 それと死骸が消し飛ぶから後でアンデッドに出来なくなってしまう。


 大量に兵数を失ったチャイカ兵達に、さすがに動揺が走った。

 一旦後退して戦線を立て直そうとしている。


 その時、広角射撃された矢が一斉にツラギ軍天幕へ向けて放たれた。


突風(ウインドブラスト)!」


 緑ローブが横凪ぎの突風を放ち、矢の大半を吹き飛ばした。

 それでも何本も矢が天幕を貫通して突き刺さる。


 天幕が慌ただしくなった。

「姫様!」「ヒルダ様!」

 という声が聞こえてくる。


 もしかしてヒルダ王女が負傷したのだろうか。

 俺は天幕へ向けて走った。


 ーー


 天幕内は騒然としていた。


 テーブルの上に寝かされているヒルダ王女の右目に矢が深々と突き刺さっていた。


 ヒルダ王女は歯を食い縛ってその痛みに耐えていた。

 凄まじい精神力だ。目にゴミが入っただけでもあんなに痛いというのに。


 衛生兵らしき人が回復スクロールを使う準備していた。

 あれを使えば右目の傷は塞がるだろうが、視力は失われてしまうだろう。

 聖教会は高額であのスクロールを販売しているが、魔術レベル的にはあまり良いものでは無いのだ。

 魔術師とは違い、魔力を多く持たない一般人が使う事を前提に作られているので、その辺りが限界なのだろう。

 とはいえ、回復系の魔術が使えない者にとっては最後の命綱ではある。


 俺が王女を治療します。


「出来るのか?君は闇属性の魔術師と聞いているが」


 王女に付いている衛生兵が聞き返してくる。


 出来る……が、何か小動物とかは……


 辺りを見渡すと、鳩が入っている籠が一つあった。

 なんだあれ、誰かのペットか?

 まあいい、もうこれでいい。


 俺は鳥籠を掴むと王女が寝かされているテーブルの隣に置いた。


 矢を抜いて下さい。

 多分、相当暴れるからしっかり押さえておいて下さい。


「本当に出来るのか?」

「今矢を抜くと失血で危険な状態になる可能性が……」


 騒然とする中、一人の大男が隣にやって来た。


「本当にお前の魔術で王女を治療出来るのだな」


 寡黙な男、ライガーだった。


 ああ、出来る。早くしないと手遅れになる。


「分かった」


 ライガーは短くそう言い、王女の上半身側へ回ると、大きな手でその身体を押さえた。


「では抜くぞ」


 俺は左手で王女の腕を掴み、右手で杖を鳥籠に向けて掲げた。


 はい。やって下さい。


 ライガーは王女に刺さっている矢を一気に引き抜いた。

 王女の絶叫が天幕内に響き渡った。

 痛みにのたうち回る王女の腕を離さない様にしっかりと掴み、俺は魔術を行使する。


 損傷転移(ダメージシフト)


「目が、目があああっ……!」


 ヒルダ王女の目が治癒していき、その代わりに鳩が……

 すまない鳩君。お前は犠牲になったのだ。

 古くから続く戦争……その犠牲にな。


「……っ!」


 ヒルダ王女は恐る恐る自分の右目に触れた。

 完全に治っている。傷一つ無い。


 天幕内が喜びの声で溢れかえった。


「闇属性……こんな回復魔術まであるのですね」


 緑ローブがすぐ後ろに立っていた。


 これは本来は回復用じゃ無いんです。

 傷を他者に擦り付ける、攻撃用の魔術なんですよ。

 どこか一ヶ所だけじゃなく、昔の古傷も全部移しちゃうのが融通のきかん所で……


「えっ、昔の傷も治せるの?」


 しまった、調子にのってベラベラ喋りすぎた。


 緑ローブは何故か少しモジモジしながら、


「ねえ、それ……私にも後で……」


 と、そこへ


「うわああ、私の伝書鳩があああ」


 パーク外交官だった。

 というか、ここにいたのか。


 申し訳ない。それしか手がなかったのです。


 他の人間に移しちゃってたら本末転倒だからなあ。

 それとも王女様の為なら私の右目ぐらい!

 とか言い出すのだろうか。


「仕方ありませんな、王女様の為ならば鳩も本望でしょう……」


 ショボンとしてしまった。うーむ。


「貴殿のおかげで助かった、礼をいう」


 ヒルダ王女はテーブルから起き上がり、俺にそう言った。

 顔や服にはまだ血が貼り付いたままだ。

 かなり失血しただろうに、凄い胆力だな。


 いえいえ、お役に立てて何より。

 ……この場所は敵の長弓隊に捕捉されているようです。

 なので第二射がくる前に位置を移動した方がよろしいかと。


「うむ、だが陣換えよりもいっそのこと陣を引き払って橋を渡り、対岸へ退却した方が良いかもしれぬ。

 橋を敵に奪われれば我等は退路を失うからな。

 幸いにも今は霧が濃い、これに乗じて……」


 と、そこへ伝令兵が天幕に入ってきた。


「ミシマ橋防衛隊より、伝令!

 我、敵軍の攻撃を受けつつあり、至急救援を求む。

 以上です」


 モタモタしている暇はなさそうだ。


キングダム、面白いですね。

俺もあれぐらい凄いシーン書きたい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そのうちボーンスピアとかスケルトンメイジとか出てくるかもと期待!
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