攻城戦
ネファラム城は石材で組み上げられた小さな城だった。
樹木の少ない見晴らしの良い平原の丘陵部に、ぐるりと一周するように城壁が築かれていて、その中にポツンと建てられた小城。
かつては主要街道の交差する要所に位置し、平和な時代には交易所としても使われていたようだが、街道自体がすっかり寂れ、その上城が山賊団の拠点になっているようでは、わざわざ付近を通ろうとする者など居なかった。
かつてはあの絵画にあるように美しかったであろう城壁は、長い歳月による劣化でボロボロだったが、それでも高さも奥行も十分健在で、まだまだ防衛施設として脅威となりそうだった。
特に城壁唯一の門である正門は、最近になって補修工事が行われた様で、そこだけは新築同様である。
城壁の上には弓を持ったオーク山賊の姿がちらほら見え、正門の前にも槍を持った門番オークが数名見えた。
周囲への警戒や城の防衛に怠りは無いようだ。
城内には数百名のオーク山賊が住み着いており、近隣の街や村から拐ってきた女性や子供も何十人か奴隷として囚われているらしい。
たった数人の冒険者風情で攻略出来るような場所じゃない。
ここを奪い返すには、それなりの戦力を運用した、戦争が必要だ。
「相当な数の山賊が居るようだけど、あれを本当に奪い返せるのかい?
アザ教やダークエルフ本国に奪還を打診したことはあるけど、どれも芳しくない返事だった。
損害が出るとかオーク帝国の意を損ねるとか言われて断られちゃうんだ」
遠眼鏡で城の様子を確認しながらピアがそう言った。
ここはネファラム城から遠く離れた木陰の傍。
城の周りは見晴らしの良い平原なので、これ以上近付くとオーク達に発見される恐れがある。
今日はピアと二人で城の偵察に来ているのだ。
「兵力はある。
ナガッセに大量に放置された遺体を有効活用させてもらう。
どうせ野良アンデッドになるぐらいなら、俺が使う」
「ふむ、彼らには悪いが、あのまま野晒しでほったらかしにされ続けるよりはマシかもしれんな」
今のナガッセはもはや街とは呼べない、ただの瓦礫の山だ。
衛兵達も見切りをつけて何処かへ行ってしまったし、あとは廃墟となって人知れず朽ち果てていくだけだろう。
無論、行く宛の無い難民達は、そのまま廃墟に住み続けるしか無いのだろうが。
兵力は確保出来るが、真正面から城に攻め込んで勝つのは難しそうだ。
多少なりとも戦術が必要になるだろう。
ーーーーーーーーーー オーク視点
ナガッセに救援物資として大量の食料が運び込まれるらしい、という情報が入ったのは昨日の事だった。
盗めるチャンスがあるのに盗まないのは馬鹿がやることだ。
早速根こそぎ頂いてやるとしよう。
俺は寝床で白目を剥いてぐったりとしている人族の女を蹴り飛ばした。
そろそろこいつももうダメだな。そのうち新しい奴隷の調達に行くか。
俺は手早く鎧を身に着けると、部屋を出て下の大広間へ向かった。
大広間では大勢の部下達が、適当に飯を食ったり酒を飲んだり奴隷を犯したりして楽しんでいた。
「よし、お前ら!
今から襲撃に出発するぞ、今すぐ準備をしやがれ!」
ウォーイという野卑な声が響き渡る。
いいぞ、今日もオーク戦士達の士気は高い。
酒も奴隷もタップリ与える。
これがオークを統率する最も効果的な方法だ。
エンジョイ&エキサイティング。
ーー
城から部下を率いて出撃し、街道沿いで待ち伏せを指示した。
最近は俺達を恐れて城の近くの街道を利用する奴はとんと少なくなったが、ナガッセへの救援物資の車列は最短距離で行くためここを利用するらしい。
わざわざ救援物資を届けるので道を開けてくださいと、近隣の村々に言って回ったそうだ。
アホか、盗んでくださいと言ってるようなもんだろ。
「ビエプ様、奴等が来ましたぜ」
部下に言われるまでもなく、俺にも見えた。
ほんの僅かな護衛に守られた、馬に牽かれた四台の荷車。
美味しそうな格好の獲物だ。
「野郎共、攻撃を仕掛けろ!」
号令をかけると部下達は鬨の声を上げながら荷車の前方を塞ぐように進出した。
護衛達は慌てふためいて、荷車を切り捨てて馬と共に即座に逃げ出した。
軟弱な連中だ。
殺戮が楽しめなかったのは惜しいが、楽に獲物が手に入るならそれも良い。
荷車には樽が満載されていた。
幾つかの蓋を割ってみると、酒と食料が入っていた。
情報通りだな。
「よし、野郎共、城へ凱旋だあ!」
ウォーイという返事。
部下に荷車を引かせて城へと帰る。
荷車はかなり重かった。
こりゃ相当ギッシリ詰まってやがるな。
ーーーーーーーーーー エイジ視点
しかし、驚くほど単純な連中だな。
俺は遠眼鏡でネファラム城に荷車が運び込まれていく様を見ていた。
荷台に積まれている樽は、上の方にだけ酒や食料が入っていて、下の方には石や骨が入っている。
石や骨は休眠状態のストーンゴーレムとスケルトンである。
あのオーク達は一生懸命に伏兵を城内に運び込んでくれているのだ。
あの単純な性格が、乱暴で粗野なオークの性質に結び付いているのかもしれんな。
目の前に何か欲しいものが有ったら直ぐにそれをひっ掴む。
単純明快。
まあ、オークの寿命は人間よりもさらに短く四十代から五十代で死ぬそうだから、生き方や人生観が人間とはまるで違うのだ。
冬が来る前に寿命が尽きて死ぬのなら、キリギリスのように生きるしかない。
「ここまでは順調だな。次はどうする?」
傍らにいたピアが聞いてくる。
「夜を待ちます。
オークはダークエルフの様に暗視能力を持たないし、あの城には探照灯のような装置もない。
見晴らしの良い平原に建つ城壁からは遠くまで見渡せるだろうが、夜になればその索敵範囲は大きく下がる」
「なら、まだしばらく時間があるわけだな」
そう言うとピアは俺の身体に横から軽く抱き付いて来た。
周りには俺とピア以外誰もいないとはいえ、こんな敵の目の前で……
「さ、作戦行動中ですよ、今は」
「だから、ちょっとだけだよ」
うーん、ちょっとだけならいいかな。
俺は遠眼鏡を放り出し、ピアの背中へ手を回した。
ーー
日は落ち夜になった。
テリー、ミーア、ルナと合流し、作戦の次の段階への準備を進める。
キューは骨馬車でミーアの弟妹たちとお留守番である。
城には特に大きな変化もなく、騒がしい様子もない。
未だに忍ばせた伏兵はバレていないようだ。
夜陰に乗じてスケルトン部隊を城に近付ける。
その数およそ五百体。
ルナが昏倒しない程度に魔力を借りながら、毎日少しずつ増やしていって、なんとかこの兵力。
ルナはもっとやっていいと言っていたが、やっぱり心配だ。
やがて城壁のオーク達に見つからないギリギリの線まで来た。
「では、始めましょう。
みんな戦闘準備はいいですね?」
全員がコクリと頷く。
俺はピアに目配せし、ゴーレム制御用のオーブを取り出してもらう。
城内のゴーレムとスケルトンを一斉に起動する。
と、同時に五百体のスケルトン部隊を城に向けて全速前進させる。
賽は投げられた。もう後には引き返せない。
途端に城の様子が騒がしくなった。
城壁のオーク達が右往左往し始めた。
弓で攻撃を開始する者もいたが、城の外を攻撃する奴、城の中に向けて攻撃する奴でバラバラだ。
門番オーク達が慌てて城の中に逃げ込もうとするが、ミーアやテリーの放った遠距離狙撃用ボウガンを喰らって何人か倒れた。
このボウガンは威力も飛距離も申し分無いが、次弾装填に時間がかかるのが問題だ。
生き残った門番達は正門横の潜り戸から城内に入り、扉を閉じた。
夜なので正門は最初から完全に固く閉じられている。
潜り戸は人ひとりがやっと入れるぐらいの大きさなので、大部隊で攻め込むには正門自体の攻略が必要だ。
正門は相当強固な造りになっていて、外からの力押しで打ち破るにはかなりの時間がかかりそうだ。
攻撃中に門の上や側面の城壁から矢や岩が飛んできて反撃されるのは必定だろうから、まともに真正面から攻略をしたならば大きな損害を受けることになるだろう。
ーーーーーーーーーー 奴隷視点
事の始まりは、村からやや離れた場所まで野草を摘みに行ったことだった。
村の近くの群生地が枯渇し始めたので、少し離れた場所へ足を伸ばしたのだ。
そこでオークの山賊達に囲まれてしまい、男は殺され、女は犯された。
立て続けの激痛で意識を失いかけた私を、オークは野草と一緒に担ぎ上げ、この城まで連れ去った。
城には他にも連れ去られ無理矢理奴隷にされた人達が何人もいて、私もその中の一人に加えられた。
そこからは地獄の日々だった。
来日も来日もオーク達の身の回りの世話をやらされ続け、気に入らない事があると理不尽な暴力を受け、気が向いたら所構わず犯された。
奴隷達は、気が触れた者、暴力を受けて死んだ者、オークの子を身籠り絶望して自ら命を絶った者、などが続出し、みんなボロボロになっていった。
私が何故に正気を保っていられるのか、自分でも理由が分からなかった。
おかしくなった者と自分とで、何が違うのか。
ほんの少し、紙一重の差でしかない差異が、私を救っていたのだろうか。
ーー
夜になり、いつものように酒盛りが始まった。
今日はナガッセに向かう途中であった救援物資を満載した荷車を襲うことに成功したとかで、オーク達は上機嫌だった。
救援、ということはナガッセで何かあったのだろうか。
ここに閉じ込められていると外の様子はまるで分からない。
ふと、オークの一人に腕を捕まれて床に押し倒された。
運んでいた料理の皿が床にぶちまけられたが、誰も気にしない。
オークは鼻息も荒く口角からはヨダレを垂らさんばかりで眼も血走っていた。
これからこの酔っ払ったオークに犯されるのだ。
恐ろしかった。
オークの子を孕まされるかもしれない事と、身体がオークの凌辱にすら慣れ始めつつあるということが。
オークのゴツい手が私の身体をまさぐり始めた正にその時、部屋の奥が慌ただしくなった。
何事かと思ってそっちを見ると、武装したスケルトンが何体も部屋の中へ入ってきていた。
スケルトン、アンデッドのモンスター。
知能は無く、ただひたすら生きる者すべてに攻撃を行う存在。
何でそんなものがこの城の中にいるのか?
私の上に股がっていたオークは武器を抜く間もなくスケルトンに切り殺された。
次は私の番だと思い眼を瞑ったが、その時は中々来なかった。
恐る恐る眼を開けてみると、スケルトン達はもう次の部屋へと過ぎ去っていた。
なぜかオークだけを殺害し、私を含めた奴隷達には目もくれていないようだ。
あのスケルトン達はどこかへ向かってひたすらに行軍しているようだった。
恐らくは正門。
外へ脱出しようとしているのだろうか?
ーーーーーーーーーー エイジ視点
その強固な正門は自ら開き始めた。
伏兵スケルトン部隊が門の内側に到達し、味方を中に率いれるため開かせることに成功したのだ。
攻城作戦最大の障害であった正門は、ほとんど労せずに攻略された。
多数の伏兵を、相手に気が付かれず侵入させることが出来た成果だった。
トロイの木馬ならぬ、トロイの樽だな。
「ゴーレム損傷二体、残り八体」
ピアがオーブの様子を見て俺に報告してくる。
城内は未だ混乱の最中にあり、まともに組織だった反攻は出来ていないようだった。
やがて五百体のスケルトン部隊が正門にたどり着き、城内になだれ込み始めた。
この時点で勝敗はほぼ決したと言って良いだろう。
もはや軍勢を妨げる物は何もない。
後は中の敵を一人残らず掃討するだけだ。
ミーアとテリーは遠距離狙撃用ボウガンで城壁の弓オークを一体ずつ屠っていき、俺も射程延長した猛毒の魔術で何体か倒した。
ルナは魔術盾を張って、俺達をオーク弓兵の攻撃から守っている。
ピアはオーブを使ってゴーレムの制御を行っている。
本来ならば、魔力を持たないピアよりも俺かキューの様な闇属性魔術を使える者の方が適しているのだろうが、闇の眷族者たるダークエルフのピアでもできなくはない。でもちょっと大変そうだ。
城壁のオーク弓兵の排除が完了し、俺達は悠々と城壁内へ入った。
城壁と城の間の中庭にはあちこちに倒されたオークやスケルトンが転がっていた。
生きてるオークの姿は無い。
中庭部分は既に制圧完了しているようだった。
そのまま城へ向かい、中へ入る。
城内ではまだ戦いの音があちこちで響いていたが、概ね自軍が優勢の様だった。
オークに囚われていた奴隷達が何人か部屋の片隅に集まってガタガタと震えていた。
俺は彼女らに近付き、危害を加えない事を約束したが、それでも震えてコクコクと頷くだけだった。
オークが奴隷達をどのように扱っていたか、伺い知れた気がした。
「エイジ君、城内中央のホールではまだ戦いが続いているようだ。
かなり強力な敵のようで、恐らく山賊団のボスだろう」
ピアの報告を受け、俺達はそこへ向かった。
とっととこの戦いを終わらせてしまおう。
ーー
中央ホールは破壊された椅子やテーブルが散乱し、酷い有り様になっていた。
奥の方に一際体格の大きいオークが何人か引き連れてゴーレムと対峙していた。
奴がここのボスかな。
「お前らがこの骨どもを操ってたのか?」
ボスが俺達の姿を見て言う。
「ダークエルフ?
オーク帝国に敵対すると言うのか、お前ら」
「ダークエルフもオーク帝国も関係ない。
これは個人的な問題だ」
俺は着ていた黒ローブのフードを取り、顔を露にする。
「人族……だと?」
お前らは勝手に人ん家に居座って不法滞在してやがったんだ。
とっとと出ていってくれ、迷惑だ。
「おおっ?降伏させてもらえるのか?
そいつはありがてえ、出ていくとも、へっへっへ」
「……なら武器を捨てろ」
俺がそう言うとミーアが不服そうな顔でこちらを見た。
こんな奴を許すんですか、とその眼が言っていた。
オーク達は床に武器を投げ捨てた。
「助けてくれたお礼に、俺からお前にプレゼントがあるぜ」
ボスオークはホールの奥にあったドアを開き、中の小部屋にいた人々を外へ出した。
出てきたのは五人の若い人族と獣人の女性奴隷だった。
みんなボロボロの服を着ていて手には手錠がはめられていた。
そこかしこに酷い暴力を受けた痕があり、虚ろな眼をしている。
「何度か味見をしたけど、コイツらは上玉だぜ。全部お前にやるよ」
最初は俺を挑発するために言ってるのかと思った。
違う。
本気でこのオークはこれで俺が喜ぶと思っているのだ。
民族の違い、考え方の違いを受け入れましょう。
で、許される問題だろうか?
俺が馬鹿だった。
こんな下衆野郎を野に解き放つなど、そっちの方が犯罪だ。
俺は下僕のスケルトンに命じた。
「このカスを、今すぐ処刑しろ」
「なっ!武装解除しといてそりゃねえだろ!
何でだよ、処女じゃないからいかんのか?
しょうがねえだろ?奴隷女に手を出さねえなんてインポ野郎だけだっての」
アホかこいつ。いやアホだ。
スケルトンは剣を振るい、うるさいこのオークを黙らせた。
ーー
戦いが終わって戦後処理が始まった。
まず全スケルトンに命じて城内の清掃を始めさせた。
オークには掃除するとかゴミを分別するとかの習慣が無いらしく、死体の匂いと合わさって城内は滅茶苦茶臭かったのだ。
このままじゃとても住めない。
オーク達が集めていた金銭類は、全部ネファラム家が頂く事にした。
鬼を退治した桃太郎が、鬼の財宝をどうするかについては議論の別れる所だが、鬼がわざわざ盗品目録台帳でもつけて管理してくれていた訳でもあるまいし、どうやって持ち主に返せと言うのだ。
ここは桃太郎同様ありがたく頂戴するとしよう。
奴隷達には一人づつ損傷転移をかけてやり、頂いた金銭の中から少し持たせて、一番近くの街へ送り届けた。
お人好しだなあ、とミーアとテリーには呆れられたが、そこは俺個人の矜持の問題だった。
でも、逆に言えば、俺に出来るのはそこまでだった。
そこから先は個人でどうにかしてもらうしかなかった。
近代以前の世界は基本的に弱肉強食なのだ。
そして現代の感覚から考えると驚くほど弱者に冷たい。
残敵が居ないことを確認すると、キューとミーアの弟妹たちを呼び寄せた。
部屋割りを決め、それぞれ近くに一部屋ずつ割り振った。
キューは城の別棟全体を使って、新しい研究所にしたいと言ってきて、みんな了承した。
オークの死骸を利用して、スケルトンの兵力を増強した。
今後もルナの状態を見ながら増やしていこうと思う。
合計千体を越えたスケルトン部隊には、城内の清掃だけでなく城壁や城塞の修復も命じた。
材料は旧ナガッセの廃墟から調達した。
骨馬車荷出隊を複数編成し、定期的にナガッセから取り寄せた。
ナガッセ~ネファラム城間の街道は、オーク山賊団の壊滅によりだいぶ治安が良くなったが、それでもゴブリンや魔獣の襲撃とか、元ナガッセ住民からの略奪攻撃は度々起きていた。
強化スケルトン兵士を何体か護衛に張り付かせ対処した。
もし千体のスケルトンがアンデッドではなく生身の兵士ならこうはいかないだろう。
彼らに払う給料と食事だけで一日と持たず破産する。
今、この城にいる生身の人間は全部で十名、食料の買い出しにとなり街まで行かねばならず大変だったが、水は俺とルナとキューが使える初等魔術で生み出せるから問題は無い。
問題なのは、もし俺に何かあった場合の下僕アンデッドについてだった。
俺が死ねばここのアンデッドは野良に戻り、城内は大変な事になる。
その為キューと優先して開発を進めているのが、アンデッド制御用のオーブだった。
ゴーレム制御用のオーブからの技術転用で、アンデッドも制御出来ないか、模索しているところだった。
まだ個々に問題は残るが、とにかく城は手に入れた。
新しいネファラム家の生活が始まったのだ。




