幕間「浄化作戦」
ーーーーーーーーーー 衛兵視点
時は今、あめが下知る 五月かな
隊長室のドアを蹴破り、数人の同志達と共に中に踏み込んだ。
仰天顔の隊長に剣を突き付け、武器を抜く隙を与えない。
大人しくして下さい、隊長殿。
「貴様、どういうつもりだ!自分が何をやっておるのか、分かっているのか!」
ええ、よーく分かっております。
クーデターを起こそうとしておるのですよ。
貴方の全ての基地は我々の支配下だ。
「はぁ?」
既にナガッセにある4つの衛兵隊詰所は、全て同志達が掌握しました。
もはや、抵抗は無駄です。
「おのれ……何が目的だ」
病巣を取り除くのです。
ナガッセを、再び自由都市に戻すために。
「病巣だと?」
窓へ近づき外を見る。
ここからはナガッセの西側に広がるバラック小屋密集地帯、スラム街が一望できた。
あのナガッセの暗部を一掃する荒療治。
それを実行に移す時がきたのだ。
ーー
「経過は順調かね?」
司祭服を着た男が隊長室に入って来た。
護衛に何人かの武装した信徒を従えている。
「聖教会……?」
拘束され部屋の片隅に転がされた隊長が呻くように言った。
これは司祭様、すべて滞りなく進んでおります。
「うむ、ナガッセに蔓延る邪教徒どもを全て排除する。
それが教皇猊下の御意志だ」
聖教会は気前よく資金も道具も人員まで援助してくれた。
彼らとの共闘なしには、この事態はありえない。
「こんな奴らを引き入れたのか、馬鹿め。
絶対に後悔することになるぞ」
後悔ならとっくに済ませましたよ、何度も悪党を見逃して来た日々にね。
続けて伝令兵が部屋に入って来た。
「全ての部隊が配置に付きました」
時は来た、それだけだ。
よし、全軍に通達、浄化作戦を実行に移す!
汚ならしいスラム街をすべてを焼き尽くせ!
ーーーーーーーーーー エイジ視点
あれからというもの、ほぼ毎夜の様にピアとベッドを共にするようになってしまった。
「エイジ君、今日もその……良いかな?」
なんて上目使いで頼まれちゃったらもう断れない。
今夜も二人で同じ寝床に入り、お互いに満足して寝てしまっていたのだが、妙に外が騒がしく目を覚ました。
不審に思ってベッドから抜け出し、窓を開けて外を見る。
西の空が赤々と燃えていた。
火事だ。それも同時多発。
「どうしたんだい、エイジ君」
窓から入ってくる冷気で起きてしまったのか、ピアが毛布を身体に纏わせつつ目をこすっていた。
火事みたいです。スラム街の方で。
「スラム街で火事なんてしょっちゅう起きてるんだよ、そのうち消防隊がやって来て消すさ。小規模ならほっとかれるだろうけど」
でも、なんか規模が尋常じゃないです。
「うん?」
ピアも窓まで来て外を見た。
全裸に毛布一枚という姿はエロいが、今はそれどころじゃない。
「これは……消防隊は何をやってるんだ」
前世の江戸時代に明暦の大火とか振袖火事とか呼ばれる大火事があったそうだ。
江戸の街の大半が焼失し、江戸城の天守までもが焼け落ち、数万人が亡くなったという。
それと同じことが今まさに起きようとしていた。
このままでは西側のスラム街一帯は全て火の海になる。
消防設備の乏しいナガッセではそれを食い止めることは不可能だ。
やがて火事はそのまま東側をも呑み込むだろう。
つまり、ここ、ネファラム館も。
「ここが、巻き込まれるというのか、あの火事に」
今すぐ脱出の準備を。
持ち出せる物をまとめて下さい。
「本当に、無くなってしまうのか……」
信じられない、という表情。
「嫌だよ、エイジ君。この館を失いたく無い……なんとかならないのか?」
この館を守り続ける為にこれまで必死にやってきたのだ。
それが突然理不尽な理由で失われてしまう。
ピアの悲痛な心境はいかばかりのものか。
今まで俺の前では常に気丈に振る舞っていたピアが、初めて見せる泣き言。
身体を許しあった仲だからこそ、言えるようになった本心だろうか。
だが、突然の天変地異のような出来事ですべてを失ってしまう事は、本当にあるのだ。
俺も前世でそれを経験した。
それまでは、ずっとどこか他人事にしか思えなかった事が、急に牙を剥いて自分達に襲い掛かって来るこの感覚。
「分かったよ。準備に取り掛かろう。他の人も起こしてこなければ」
ピアはただ泣いてるだけで終わるような、弱い女性ではなかった。
急いで服を着て、逃げ出す準備を始めた。
それでこそピアだ。
俺の好きな、ピア。
ーー
スラム街から逃げ出して来た難民達で、回りは既にごった返していた。
キューは館を守っていたゴーレム4体を起動させ、館から逃げ出す俺達を護衛させた。
群がる難民達を強引にかき分けながら先へ進む。
ピアはキューのすぐ隣に立ち、脱出ルートを指示している。
俺はルナの手を握りしめ、決してはぐれたりしないよう気を付けた。
ミーアは家族のところへ行くと言って出て行ってしまい、それ以来安否が分からない。
テリーも心配だから俺も行くと言い出し、キューとピアの反対も振り切って一緒に行ってしまった。
ミーアとテリーが助かるかどうかは分からない。
それどころか俺達自身もどうなるか……
既に火の手はすぐそこにまで迫っていて、逃げ遅れた後方の難民達は炎に呑み込まれて断末魔の悲鳴を上げていた。
ーーーーーーーーーー 衛兵視点
馬鹿な、火の回りが早すぎる。
確かに消火活動を妨害するため、消防隊への妨害工作を行った。
だが、このままでは西側のスラム街どころか東側一帯まで燃え落ちてしまう。
「いや、作戦は順調だよ」
司祭様?
「言っただろう?ナガッセの邪教徒どもを全て排除しろと。
君達の作戦では半分しか達成出来ない。
だから、こちら側で少し作戦を補足してやったんだ
全てを焼き尽くす様にね」
……。
「どうした、怒らんのか?」
いや、その方が良いかなと、思えてきましたので。
「……ほお」
正義感は時と場合を考えて、でしたっけね?隊長。
その意味が、今ごろになってようやく理解出来ましたよ。
部屋の片隅で死骸となって転がっている隊長を、冷ややかに見つめながらそう思った。
ーーーーーーーーーー エイジ視点
なんとか郊外の高台まで逃げ延びた時には、ゴーレム2体と持ち出した荷物の半分を失っていた。
周りには脱出に成功したナガッセ市民達が大勢いて、呆然と燃え盛るナガッセの街を見下ろしていた。
もしも俺が闇ではなく水属性の魔術師ならなんとか出来ただろうか?
いや、無理だ。少々の水を出したところで、あの大火災の前には文字通り焼け石に水だ。
天変地異クラスの大洪水でも起こせなきゃどうにもならない。
そもそもこの大火災、自然に起きた物だろうか?
確かにバラック小屋が密集するスラム街は、火災に弱そうな地域だが……
もしかしてミラージの報復だろうか。
しかしネファラム館だけじゃなく、街一つ焼き払うまで徹底してやるかなあ。
「これからあたし達、どうなるの?」
ここまで手を引いてきたルナが、不安そうな顔で俺を見ている。
どうすりゃいいんだろ。
また洞窟生活に戻るのか。
このままネファラム館でのんびりスローライフを、なんて考えていたのに急に終わってしまった。
突然、周りの群衆が騒ぎ出した。
燃え盛るナガッセの街から、何者かが飛び出して来たらしい。
あれは……骨馬車だ!
誰が運転しているのだろう、ここからではよく分からない。
ピア達と共に骨馬車を追いかける。
骨馬車は暴走に近い猛スピードで高台へと近付いて来た。
運転手が分かった。
あれはテリーだ。
俺は大きく手を振り、大声を出してテリーを呼んだ。
テリーも俺達に気が付いたらしく、スピードを緩めながらこちらへ骨馬車を走らせる。
目の前まで来てピタリと骨馬車は停まった。
対魔装甲が施してあるとはいえ、あの猛火の中を潜り抜けてきてもう廃車寸前のボロボロだ。
テリー、無事だったのか。ミーアは?
「ああ、なんとか救い出せたが……」
骨馬車のドアを開けるとミーアとその姉弟達がいた。
泣きじゃくる四人の弟と妹達を、ミーアが必死になだめている。
「他の人は、燃え崩れた家屋の下敷きになっちまったよ……
クソっ!なんだってこんなことに」
ミーアの母親や他の姉弟は助からなかったのか……
それでも五人も命を救ったんだ、お前は凄いよテリー。
「ああ……だが、館は失っちまったな……」
テリーの蔵書も、キューの研究室も、そしてみんなが安心して暮らせた館自体も、無くなってしまった。
みんな悲嘆にくれていたが、中でもピアの落ち込みが特に酷かった。
無理もない。
あの館を守るために、必死にやってきたというのに。
ネファラム家の最後の遺産は、灰になってしまった。
ふと、ピアが持ち出した荷物鞄の一つが気になった。
開けてみると、一階のリビングに飾ってあったあの絵画が入っていた。
そうだ、ネファラム家の遺産はまだ有ったのだ。
この絵画に描かれている物。
「エイジ君?」
泣き腫らした眼でピアが俺を見ている。
俺はピア達に向かって、高らかに宣言した。
ネファラム城を、奪還する。
ここで館編完。次から城編になり、いよいよ本格的な戦争が始まります。
まだあと五十話分ほどストックが用意してあります。
微調整しながら出来れば毎日更新していきたいと思います。
しかし……中々評価伸びないですね。難しい……




