馬車の中
村へ戻ってきた時には、雨は本降りになっていた。
次の駅馬車が村へ到着するのは、まだだいぶ時間があったので、俺とピアは村で唯一の食堂へ雨宿りも兼ねて入り込んだ。
村の食堂の女将は妙に大柄な女性で、最初はビビったが、至って普通の人だった。
適当に食事を注文し、遅めの昼食を取る。
今回の依頼、冒険者ギルドを通してのものなんですか?
「いや、冒険者ギルドはナガッセから撤退していってもう久しいんだ。
今はアザ教が代わりに似たような事をやっている。
今回のもアザ教からだ」
テリーから聞きましたよ、アザトース教団とネファラム家はつながりがあるって。
「今回のは広く一般に公募してる依頼だけどね。
ネファラム家とアザ教との間にパイプがあるのは本当だよ。
導師様から直接神託を受けることもある。
昔はネファラム家も、もっと大きな家だったんだ。貴族位もあったしね」
やっぱりネファラム家を復興させたい?
「それが私の目標だよ。
昔ほど、とは言わないが。せめて父と母が生きていた頃にまでは戻りたい」
過去には色々あったんだろうな、とは思うが深く聞くのは止めておいた。
テリーも歯切れが悪かったしな。
「とはいえ、現実的には見果てぬ夢さ。
まずは館の維持が最優先。あれはネファラム家に残された、最後の遺産なんだよ。
あの家だけは、どうしても守りたいんだ」
ネファラム館は、ピアにとって両親から残された形見のような物なのだろう。
それだけあの館のことを大切に思っているのだ。
あの館に住んでる人達は良い人だ。
キューも、テリーも、ルナも、ミーアとその家族も平穏無事に暮らして欲しい。
ピアにはミラージから救ってもらった恩もある。
彼女に救出してもらえなければ、今頃は聖教会に処刑されていたかもしれない。
いや、それらを全部抜きにしても。
俺はピアの力になってやりたかった。
俺に出来ることがあったら何でも言ってくださいね。
せっかく仲間に入れてもらえたんだから、もっとコキ使ってくれて良いんです。
「ふふ、私の事を気遣ってくれるのかい?
嬉しいよ、エイジ君」
そう言って、ピアは少しクスっと笑った。
この笑顔にはいつもドキリとさせられる。
「もうすぐ、アザ教から次の神託がありそうなんだ。
闇と光の最終戦争については知ってるかい?
五つの宝珠を先に揃えた者が勝利する。
既に一つはアザ教が手に入れた。
君のねぐらから掘り出された、あの神殿に有ったものだよ」
五つの宝珠というのは初耳だが、あの時のがそうだったのか。
ということは、聖教会があれだけの戦力を投入してきたのは、単に俺のマイホームを破壊する為ではなく、
「ああ、宝珠を奪いに来たんだろうな。
聖教会にも五つの宝珠についての教えが有ると言うから」
なるほど、それであれだけのオーバーキルを。
「ほどなく二つ目の宝珠についての神託がある。
それの確保に成功すれば、また多額の報酬金が出る。
館の維持に当面は事欠かない金額が手に入るさ。
次の仕事にはメンバー全員で総力を上げて挑むよ。
もちろん君の力も必要だ、エイジ君」
ーーーーーーーーーー
駅馬車のダイヤは、雨の影響とオーク山賊団の跋扈により大きく乱れていた。
まあ、元々が前世日本の正確無比なダイヤとは比べ物にならぬほどアバウトではあったが。
ようやくやって来た駅馬車は、二頭引きの小型な奴で、雨風をしのげる個室も窮屈な物だったが、次のがいつ来るかも解らないし、そのまま乗る事にした。
幸いにも乗客は俺とピアの二人だけだった。
狭い個室の座席にピアと並んで座った。
ピアが小柄じゃなければどちらか一人は立たねばならなかっただろう。
ピアの体温が感じられるほどの距離だ。
ピアはまたいつぞやのように、脇腹に手を当てている。
その損傷転移後の幻覚についてなんですが。
「うん?」
俺はルナから聞いた闇属性酔いについて、ピアに説明した。
「なるほど。やはりこれは君のせいだったのだな?
それにしても、いつの間にルナとそんなに仲良くなったのだ。
抜け駆けは許さないぞ、エイジ君」
抜け駆けって。
「ここにあった傷は、
本当に深く深く刺し込まれた物だった」
……。
「痛みで意識が途切れ途切れで、
もうこれは、助からないんだって……」
ごめんなさい。あの時は俺も必死だったんです。
「謝るのは私の方だ。私は君を殺めようとしたのだからな。あの場面で君に反撃されても、私は文句を言えない」
……。
「……反撃どころか、君は……私の…事を……」
ふと、ピアの手が俺の腕にそっと這わされた。
「……エイジ君。
その……少しだけ、変なことを頼んでもいいかい?」
ピアはなぜか目を泳がせ、ほんのりと頬を赤らめていた。
「もし嫌だったら、言ってくれ。……直ぐに止めるから」
な、なんでしょうか。
ピアは服をゆっくりとたくしあげ、自分の脇腹を露出させた。
そして俺の手を取り、やや躊躇いながら自分の脇腹へと導いていく。
「……あっ」
柔らかなピアの素肌に指が触れた瞬間、ピクッと身体が反応した。
「自分で触るのと、全然ちがう……これが属性酔いなのか……」
あの、えっと……ピアさん?
「……触ってくれないか、君の手で」
流れるような銀髪ショートヘアの褐色美少女が、潤んだ瞳で俺に哀願している。
俺はゴクリと唾を飲み込んでから、指先でピアの引き締まった脇腹を滑らせるようになぞった。
「……あっ……あ……」
甘い吐息がピアの口から漏れた。
このままだと声が聞こえちゃいますよ、個室とはいえ壁はかなり薄いんですから。
「そ、そうだな」
ピアは俺の腕に絡み付くように身を寄せ、口元を肩口に押し当てた。
「……続けてくれ……エイジ君」
は、はい。
俺は再び指先を蠢かし、ピアの引き締まっているが柔らかな弾力を持つ脇腹の感触を楽しんだ。
「……んっ……ん……」
圧し殺したピアの甘い声が個室に響く。
これって、このシチュエーションって、このまま進んじゃったら、どうなるんですか!?
自分の心臓がバクバクいう音を聞きながら、興奮した俺は指先の動きをより大胆なものに変えた。
「……あっ……あ……ああっ!」
ピアは喘ぎながら俺の腕にしがみつき、やがて耐えきれなくなったのか、身を乗り出して俺の上半身に抱き付いてくると、
「エイジ君!」
ピアの柔らかそうな唇が俺の顔に迫って来て、そして……
急に馬車が停まった。
「自由都市ナガッセ、到着ー」
御者の声が響き渡る。
「……。」
……。
「……すまない、私としたことが……今日の事は忘れてくれ」
そのまま俺から離れていこうとする。
いや、忘れられるわけないでしょ、こんなの!
俺は強引にピアの身体を抱き寄せ、唇と唇を重ね合わせた。
ピアは驚愕し身体を震わせて、抵抗せずになされるがままだったが、
やがて腕を俺の背中に回し、抱きしめ返してきた。
しばらくそうやってお互いに唇の感触を楽しんでいたが……
コンコン!
という強めのノックが部屋に響いた。
びっくりして窓の外を見ると、馬車の御者が気まずそうな、申し訳なさそう顔でこちらを見ていた。
俺とピアは慌てて馬車から降りると、
そのまま何事もなかったかのように取り繕って、ネファラム館へと帰った。




