虜囚
俺は心地よい光に包まれていた。
まるでリゾート地でのんびりと日向ぼっこでもしている時のような、リラックスした気分。
ああ、心地よい。
このままここに、引き込もっていたい。
ここは……
「あ、気がつきましたか?」
意識を取り戻すと、美しい女性の顔が微笑んでいた。
金髪のロングストレートで優しそうな顔立ち。
まさに正統派ヒロイン系美少女。
彼女が着ている白いローブには見覚えがある。
先の戦いで、敵陣を単身でほぼ支えきったあのヒーラーだ。
俺は今、彼女から光属性の回復魔術を受けて、文字通りの意味で癒されていたのだ。
「あなたはあのドラゴンを静める為に、魔力を完全に枯渇させるぐらい疲弊していたんです」
そう言いながら、俺の髪に手を乗せ、ゆっくりと撫でてくれた。
あの白ローブは俺と同年代ぐらいの女性だったのか。
「良かった、回復して」
また、微笑んだ。
彼女からもたらされる癒しの効果は、回復魔術に寄るものだけではないことを、俺は悟った。
あなたが神か。
「え?」
白ローブの隙間から彼女の耳が見えた。
ピアほどではないが、やや尖った形をしている。
ハーフエルフなのかな。
「エイジ、会いたかった……」
俺の両肩を両手でぐっと掴み、徐々に顔を近付けてきて……
ええ、これって。
あ、あの。俺たち初対面ですよね?
なんか距離感近すぎませんか?
「初対面って……覚えてないの?記憶は?」
どこかで、会いましたっけ?
いやいや、こんな可愛い娘に会ってて忘れるわけがない。
あの街外れの田園に現れてから、巣穴前の戦闘に至るまで、会った記憶なんて無い。
あの時の白ローブだろうとは思うが、遠目で見ただけで顔までは解らなかった。
んん、待てよ。
今まで、あの街外れの田園がこの世界に来たスタート地点だと思っていたけど、本当はもっと前から始まっていて、何者かに記憶を消されてあの場所に立たされた。
の、可能性だってあるわけだ。
その消された記憶の中に、彼女と出会った事実があるのかも。
などと考えていると……
「目が覚めたようじゃな」
白衣を着た爺さんがこちらに歩いてきた。
毎日どうやって手入れをしてるんだろう、と思うぐらい奇抜な髪と髭の形をさせている。
白ローブが俺からスッと離れ、爺さんの隣へ移動する。
起き上がろう、と思ったが無理だった。
両足はベッドに拘束されていて、両腕には手枷がつけられていた。
あんたは誰だ。ここは何処だ。
「儂はイカーデ。ミラージ魔術ギルドで研究者をやっておる。
ここは儂がミラージに持っておる研究塔の中の一室じゃ」
俺は手枷をガチャガチャと揺すってみたが、外れそうにない。
「その手枷はマジックアイテムじゃ。いくらお前さんでも、そいつをつけている間は魔術は使えんぞ」
俺をどうするつもりだ、
ショ○カーみたいに改造人間にでもするつもりか。
「なあに、ちょっと身体を調査したいだけじゃ」
そう言っといて、バッタか何かと合体させるんじゃないでしょうね?
「それにしても、お前さん。凄まじい闇属性の魔力を持っておるな。
ダークエルフの中にもここまで凄い奴はいまい。
まるで異界から呼び寄せたデーモンじゃ」
異界から呼び寄せた、ね。
もしかすると当たりかもしれませんよ。
調査とやらには協力するから、せめて足枷は外してくれませんか?
さっきから擦れて痛いし、このままじゃ自力でトイレにも行けない。
「被験者が協力的になるというのなら、それもよいじゃろう。
じゃが暴れるようなら再拘束させてもらうからな」
白ローブが俺の足元に移動し足枷を外してくれた。
擦れて軽くアザになっていた部分には、回復魔術までかけてくれた。
なんて優しい娘なんだ。
俺は白ローブに礼を言うとベッドから起き上がり、縁に腰掛ける姿勢に変えた。
「早速じゃが、この黒い石はなんなのだ?魔力を帯びてはいるようじゃが」
爺さんが黒玉石を持って立っていた。
近くのテーブルに俺のナップサックとピアから貰った黒ローブがまとめて置いてあるのが見えた。
黒玉石について話しちゃって良いのかなあ……
でも協力すると言った手前、しかたあるまい。
それは長距離通信装置ですよ。
何でも冥界とかを経由させるんで、闇属性持ちじゃないと使えないそうです。
「冥界経由じゃと、誰じゃ儂が昔発表した研究内容をパクりおったのは。
ちょっと使ってみてくれぬか」
そう言うと黒玉石を俺に渡してきた。
手枷着けたままで使えるのかな。
もしもし。
(……む、受信しているのか?君は誰だ、もしかしてエイジ君か?今どこにいる?)
相手が出たが、誰だろう?
女性だけどピアじゃないな。
エイジですよ。今はミラージの塔に捕まってるんです。
と、横から爺さんが割り込んできて、
「うぉっほん。儂はミラージ魔術ギルドのイカーデ博士じゃ。お前さんは誰なのかな?」
(イカーデだと、まだ生きてたのかこのエロ死神!
通信を切れ!この回線は封印する!)
切れちゃった。何だったんだ。
「冥界経由か。構造を応用すれば光属性間でも可能かもしれぬな」
爺さんはそう言いながら、黒玉石を黒ローブの上にゴロンと転がせて置いた。
その黒ローブ。
「ん、これかね。
これは普通のマジックアイテムじゃな。作った奴のスジは良いが、しょせん個人製作止まりの品質じゃ。
ミラージの最新魔術工房で何人ものスタッフに作らせた物と比べれば、かなり見劣りする」
それは大切な物なんです。大事に扱ってください。
「思い入れのある品という訳じゃな」
そういうと爺さんは、黒ローブを綺麗に畳み直してテーブルの上においた。
白ローブの彼女が、そっと俺の顔をのぞき込むのが見えた。
ーー
研究室のドアが開き、新たな人物が中に入ってきた。
祭服を着た白髪の初老の男だった。
「検査は終わったのか?
ならそいつをさっさと教会に引き渡せ。すぐに公開処刑する」
いきなり怖いこと言うな、この人。
「まだ終わっとらん。
彼の身体は研究対象の宝庫じゃ、まだまだかかるぞ」
「どれぐらいかかるんだ」
「出来れば寿命が尽きて死ぬまで観察し続けたい」
「そんなに待てるか馬鹿者」
マッドサイエンティストとカルト宗教の間で論争が始まった。
マッドが勝てば、俺はモルモット。
カルトが勝てば、俺は処刑らしい。
どちらもろくでもない未来だが、命があるだけマッドの方がまだマシか。
両者の争いが続く中、更に訪問者がやって来た。
「死霊術師の意識が戻ったらしいな」
今度は4名だ。
あの時の女騎士、女侍、赤ローブ、青ローブ。
赤ローブは熱血漢風の好青年、青ローブは冷静沈着風のメガネ男だった。
赤ローブと青ローブは俺の外見年齢より数歳上のお兄さんだったのか。
しかしこの世界はまるで美男美女のバーゲンセールだな。
やっぱりゲームなんじゃないか、ここ。
新しい訪問者がやって来ても両者の論争はヒートアップして続いていた。
特に祭服の方は青筋を立てながらの必死の形相だ。
「この邪教徒は処刑せねばならん!それが神の御意志だ!」
あのー、俺はその邪教とやらの信者では無いんですけど。
俺が茶々をいれると、祭服はこちらにクルリと振り返り、
「その闇属性魔術こそが邪教の証」
闇属性の何が悪いんですか、火球でゴブリン倒すのも猛毒でゴブリン倒すのもやってること同じでしょ。
「亡骸を持て遊び下僕となす。死者への冒涜に他ならん」
うーん、そこを言われると辛い。
死体なんて魂が抜けたら物と一緒でしょ、と強弁することは出来るが、それでもやっぱり死体を操る事には俺自身も抵抗がある。
俺が操っていたのは、魔物やゴブリンのスケルトンだけです。
人間の死体を操った事なんて一度もありません。
「アンデッドどもを従えて、街への侵略を企てておったではないか」
そんなこと考えてませんよ。
俺は配下のスケルトン達を使って、魔物を討伐したり、薬草を集めたりして、冒険者ギルドのクエストをこなしていただけです。
そしたらあんたらが急に家に攻め込んできて、
突然、プウッっと赤ローブが吹き出した。
「お前、アンデッド使ってそんなことしてたのかよ。面白い奴だな」
ケラケラと笑われてしまった。むう。
「とにかく、聖叡知神の教えに基づき、闇属性の邪教徒は処刑する、異論は認めん!」
処刑確定らしい。
酷い。あんまりだ。
闇属性を持って産まれたというだけで、ミラージは地獄だ。
「いいえ、異議を申し立てます」
そう言ったのは白ローブだった。
「彼がやったのはあくまでも正当防衛。
ドラゴンゾンビを無効化し、街への被害を食い止めることへも協力的だったと聞きます。
観察処分とし、ミラージへ留め置くのがよろしいでしょう」
白ローブがそういうと、祭服は明らかに狼狽していた。
「しかしソフィア様、それでは……」
次に口を開いたのは女騎士だった。
「私も彼の処刑には反対だ。
彼にはまだ十分に更正の可能性がある」
その次が女侍。
「私も反対。彼は本気でドラゴンを止めようと必死だった。
よって罪一等を減じる余地がある」
ドラゴンゾンビは、止めると同時に下僕に加えてやろう、という思惑もあったが、まあ黙っておこう。
「俺も反対しとくぜ?
てか、こんだけ魔術使えるならギルドに入れてやりゃいいじゃん」
赤ローブまでもが助命に賛成してくれるらしい。
ということは、もしかして青ローブも。
「私も反対だ。
来るべく戦いに備え、戦力は1つでも多い方がよい」
おお、やはり。味方してくれるのか。
「だが、敵に回りそうなら即座に処刑すべきだ」
怖っ。鬼畜眼鏡か。
なんと全員が処刑には反対しているようだが、それでも祭服は食い下がった。
「闇属性の人間は原則として処刑。
これは聖典にも書かれている聖叡知神の教えです。
簡単に覆すわけには……」
そこへ爺さんが割って入った。
「闇属性の人間、と言ったが彼は厳密には人間ではないぞ」
えっ。
「じゃあなんだ、こいつは邪悪なダークエルフか?」
「ダークエルフの因子も、エルフの因子も彼は持っていない。それどころか人族の因子すらないのだ」
「……何者なんだ、コイツは」
「一番近い存在は、人造生命体じゃな」
あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ!
おれは、これから改造人間にされるんじゃないかと、思っていたら、いつのまにかすでに人造人間だった。
な、何を言っているのか、わからねーと思うが
俺も、何をされたのか、よくわからなかった……
「彼のあまりにピーキーな属性の値も、それで説明がつく。何しろ闇属性は異常に高いのに、他の属性はほぼゼロなのじゃ。意図的にそうなるよう、デザインされて産み出されたのじゃろう」
「ここまで高性能な人造生命体が、製造可能なのか?」
「ミラージの全勢力を挙げても無理じゃろう。だからこそ、彼の身体の秘密を解き明かしたいのじゃ。彼が、いつどこでだれに、どのようにして造られたのか、調べあげねばならぬ」
俺は、いったい……
「彼は人間ではなく、言ってみれば魔術品なのだ。従って、闇属性の人間は処刑する、という聖典の項目には当てはまらぬじゃろう」
「それは詭弁だ。どう見ても外見は人間ではないか」
「じゃが生命体として必要な能力が、ひとつ欠けておるぞ。
彼は子孫を残すことは出来ぬ。何の因子も持たぬのじゃからな」
ええー、でも俺はちゃんと勃ちますし、出るものも出るんですけど。
俺がそう言うと、場が一瞬静まり返った。
ややあってから赤ローブがプウッっと吹き出し、女侍がジト目で見てきた。
「まあ、種無しと言うことじゃな」
爺さんにハッキリ言われてしまった。
トホホ……。




