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寝過ごした

作者: 夢宮弓槍

 「間もなくー、C駅、C駅ー。これを過ぎますと、次はN駅まで止まりません。」


 車内アナウンスが意識の端で聞こえ、私はバッ、と目を覚ました。


 見ると、電車がホームに入るところだった。


 看板を見ると、C駅、と書いてある。


 (しまった! 寝過ごした!)


 棚から慌てて鞄を下ろし、私は電車を降りた。


 (やってしまった。B駅で降りなきゃいけないのに。はあー。面倒くさい。)


 階段を上り、連絡通路を渡り、逆側のホームへ至った。掲示板を見ると、5分後には電車が来るようだ。


 (よかったー。これならあんまり遅くならなそうだ。)


 右手に握った大きなプレゼントを見ながらほっと息を吐いた。


 今日は娘の6回目の誕生日だ。


 今年から小学校に上がったこともあり、毎日、辛そうにしていた。かなり心配だったが、1学期も終わりに近づいた今となっては大分、慣れたようで、一安心だ。


 (何にせよ、大変だったからな。今日の誕生日はちゃあんと、お祝いしてやらないと。)


 妻と相談して、娘の好きな魔法少女のコスプレ衣装を買っていた。開けたらきっと大喜びするに違いない。写真を撮ってのせがまれるだろう。そしたら最近、買ったばかりのいいカメラで娘の可愛い姿を撮影しよう。


 誕生パーティーのことを考えて私は年甲斐もなくワクワクしていた。


 すると、電車がやってきた。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 電車に揺られること十分。そろそろB駅に着く時間だ。


 「お乗りのお客様にお知らせいたします。間もなくA駅、A駅に到着いたします。お忘れ物などなさらないよう、今一度……。」


 (え!?)


 アナウンスを聞いて耳を疑った。


 (A駅? B駅じゃなくてか?)


 聞き間違いか? そう思って、とりあえずは駅に着くのを待つことにした、


 そして到着したのは聞いた通り、A駅だった。


 (嘘! まさか、快速に乗ってしまったのか!)


 A駅、C駅はベッドタウンやビジネス街に隣接しており、快速が止まる。しかし、B駅は各停しか止まらないのだ。


 (きっと寝ぼけて間違えたんだろう。)


 そう思って、またため息を吐きながら逆側の乗り場へと歩いていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「いや、流石におかしい……。」


 C駅のホームで、思わず訝しむ声を上げた。


 (さっきは間違いなく、各停に乗ったはずだ。それなのに、またB駅に止まらなかった。何だ? どうなってるんだ? もしかして、私の知らない間にダイヤが変わったのか?)


 いくらなんでも、そんなことはないだろう。そう思ってはいたが、各停に乗っても行けないとなると、ゼロとは言えない。ここは念のため駅員に尋ねることにした。


 「え? B駅、ですか? それってα県のですか?」


 「あ、α? い、いえ、違います。ここ、γ県にある駅です。」


 「この県、ですか? うーん、ちょっと、待ってもらっていいですか?」


 そう言って駅員はパソコンに向かった。

 

 (なんだ、これは?)


 私は駅員の反応にひどく驚いていた。


 まるで、私がおかしなことでも言っているかのような反応だったからだ。まさかB駅を知らないのだろうか?


 (新人なんだろうか? いやいや、いくら新人でもB駅を知らないってことがあるか? ここの一つ前の駅なんだぞ?)


 私は胸騒ぎを感じてドキドキしながら待った。何だか余命宣告でもされるような感じだった。


 「あ、お待たせしましたー。あのー、ですね? えっと、今、あの、お調べしたのですけども、えっとですね、β県にですね、B駅という駅は存在しなくてですね……?」


 「え? 存在しない?」


 「はい。この路線ができた時からずっとなかったようなんですね?」


 「そ、そんなバカな。だ、だって私は毎日、その駅から電車に乗ってるんですよ? 家だってそこの周りあるわけですし!」


 私は思わず、大声を上げた。


 (B駅がないだって? そんな馬鹿なことあるはずがないじゃないか!)


 この駅員は私をからかっているのだろうか? 一瞬、そう思ったが、そうする理由もないし、それに見たところ、本気で言っているらしい。


 「いや、そのように仰られても、ありませんものはありませんので……。」


 モンスタークレーマーを前にしたような困った、それでいて苛立った表情が浮かんでいる。確かに、真実B駅がないというのなら私は頭のおかしいクレーマーにしか見えないだろう。


 とはいえ、到底、納得などできなかった。何せ、今日の朝まであの駅を利用していたのだから、ないはずがないのだ。


 「あの、すみませんが、駅員さんが調べてくださった検索結果とかって見ることは可能ですか?」


 「え? あ? 大丈夫ですよ。」


 駅員はモニターを私の方に向け、検索結果を見せてくれた。


 確かに、ダイヤ表のどこにもB駅という名前はない。


 (まさか、本当に?)


 私は冷や汗が流れるのを感じながら、お礼と謝罪をしてその場を離れた。


 「そんな馬鹿な、そんな馬鹿な。」


 改札を抜け、一人ぼやきながら地図アプリを起動、B駅を調べてみる。


 「……。」


 通信制限がかかっているので中々、検索が終わらない。私は貧乏ゆすりをしながら不安な時が過ぎるのを待った。


 そして五分くらいしてから地図が表示された。

 ……結果は、ハズレ。


 B駅は駅員の言う通り、α県にしかなかった。


 「そんなことって……。」


 途方に暮れる。


 何せ、家も財産も、それに家族と全てその駅にあるのだ。なのに、その駅がないだなんて、到底、受け入れられるはずがなかった。


 しばらく考え込んだ後、私は意を決し、歩いてB駅を目指すことにした。


 路線がつながっているなら、線路を伝っていけば必ずたどり着くはずである。アプリによればA駅まで徒歩で三十分ほどらしい。それならB駅まではそれよりも早く着くはずだ。


 私は夜の街中を線路伝いに歩き始めた。


 途中、線路を見失う箇所は地図を見ながら行方を辿り、何とか進んで行った。


 それから三十分程、経った頃だろうか、私は無事、A駅へと到着した。


 「う、嘘だろ?」


 愕然とする。体が鉛のように重くなった。


 確かに線路を伝ってきた。その途中に駅舎らしきものは何一つなかった。あれだけ注意深く歩いてきたのだ。見落としているはずがない。それに駅舎なんて大きなもの、見逃す方が難しい。


 私はベンチにドサリと座り込んだ。


 そして頭を抱える。


 これから、どうすればいいんだ?


 ここで私は妻に電話することを思い立った。今まではB駅があるに違いないと思っていたから何もしていなかったが、いよいよなさそうだ、ということになれば、妻や娘のことが心配になったのだった。


 トゥルルルル。トゥルルル。


 「はい、もしもし?」


 私の心臓が跳ね上がった。妻だ、妻の声がした。ということは私な家もある、ということだ。あの、駅のすぐ、近くに!


 (ほら、ある、あるじゃないか! B駅、あるじゃないか!)


 私は嬉々とした声で今日あった不思議なことを話そうとした。それが終わったら車で迎えにきてもらうつもりでもあった。


 だが、いざ、それを話し出そうとした時、妻が大きな笑い声を上げた。


 「な、なんだ? どうしたの?」


 「いえ、何、あー、やっと気づいたのかーと思ってさ。」


 妻は楽しそうに、だが、どこか気怠そうにそう言った。


 「気づいた? 一体、何のこと?」


 「あー、それはね、実はあなた、ずっと騙されてたの。」


 「だ、騙されてた?」


 (誰に? 何を? 一体、何の話?)


 胸の中で疑問が湧き上がって止まらない。妻の話が何一つ理解できない。彼女は何について話そうとしているんだ?


 「そうそう。騙されてたの。実は私って狐でさー、人を騙すのが生業、みたいなとこあんだよねー。それでさ、丁度いいサラリーマンがいたから化かしてたんだけど、思いの外、うまく行っちゃってさー、かれこれ6年くらい術にかかりっぱなしになっちゃったんだよねー、君。私はさ、特に何もしなくてもお金が入ってくるから別に放置しておいてもよかったんだけど、うちの師匠狐に怒られちゃって? やり過ぎって。だから、今日、術を解くことにしたんだよねー。これでさ、あんたはもう自由だからさ、あとは好きにしていってよね。」


 「え? それって、え?」


 「何ー? 話わかんない? だからここ六年間のことは全部、あんな妄想だった、ってこと。まあ、仕事のことは本当だけどね。だから家族とか家とか、そんなの本当は何もないってこと、ただ、そんだけ。これでわかった? わかったらさ、もう切るから。じゃあね、バイバイー。」


 後半はかなり投げやりに話して妻は電話を切った。何て笑えない冗談なんだ。全く。今日はエイプリル・フールじゃないぞ、そう思って私は再び電話を鳴らした。


 トゥルルル。トゥルルル。


 ガチャ。


 おかけになった電話は現在……。


 「あれ、おかしいな。番号間違えたかな?」


 番号を確認して、掛け直す。


 トゥルルル。トゥルルル。


 ガチャ。


 おかけになった電話は現在……。


 「疲れてんのかな? また、間違えちゃったよ。」


 そして、また掛け直す。


 トゥルルル。トゥルルル。


 ガチャ。


 おかけになった電話は現在……。



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