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短編

月明かりに星を見る

作者: 日次立樹

 時計は深夜を指していた。



 突然に夢から覚めてしまった私は、すぐそばにあったぬくもりを手放してしまったような心細さに襲われた。

 見ていたはずの夢は霧のようにつかみどころのない記憶になって、そして本当に夢を見ていたのかさえ、自信をもって言い切れないほどに曖昧になってしまった。



 オレンジ色の淡い電灯だけがついている室内は薄暗く沈んでいた。

 その中に黒く浮かんでいる影の正体は見慣れた家具のはずなのに、どこかよそよそしい顔をしている。何だか知らない生き物のようだ。どうにも居心地が悪く、目がさえてしまっていた。



 明かりを消して目をつむれば、それでももうひと眠りできるだろう。

 枕元に手を伸ばしぱちり、と電灯を消す。

 闇に包まれると思った室内は、ぼんやりと薄明るくかすんでいる。



 青いカーテンの隙間からこぼれる白い光が私を誘っていた。

 もう一度眠ることのできない私は、ふらりと立ち上がってそれに歩み寄る。

 シャー、と軽い音を立ててカーテンを開く。






 瞬間、白い光が私の躰を通り抜けていった。



 降りかかる月光が思いがけない明るさで室内を照らした。その中で浮かび上がる影たちは先ほどとは打って変わって優しげな顔をしていた。白っぽく化粧された器物は雪に降られたかのようだ。



 ぶううん、とかすかなモーター音。カチカチと壁掛け時計の音。私の息遣い。

 それだけがここに存在する音だった。


 私は彼らの仕事を思い浮かべる。毎朝ニュースを見るテレビ。缶ビールが場所をとる小型の冷蔵庫。電球の切れかけている電気スタンド。

 そして見えているものだけでは飽き足らなくなって、机の引き出しを一つ一つ抜き出していく。




 普段開くことのない一番下の大きな引き出しには、いつか使うかもしれないと入れられて忘れていたものたちがいた。

 やけに大きなクリップ、何かのイベントでもらったボールペンとメモ帳、半端な大きさの画用紙。それらは月明かりの砂を浴びて嬉しげにきらめいていた。



 その中に、15センチほどの棒状のものを見つけて手に取った。


 これは何だっただろう。ラップの芯のような紙筒にラッピングペーパーのようなつるつるした紙を張り付けたような感触。太さは親指と人差し指で作ったわっかほど。中は空洞らしく軽い。両端には蓋がされていて、片側にだけ中央に直径1センチほどの穴が開いている。振ってみるとかたかたと長さのあるものが動く感触と、シャラシャラとこすれるような音がした。



 私はその正体を確かめようと窓の近くに寄った。

 白い光に照らされたそれは銀河模様の紙が貼られた手作りの万華鏡だった。



 小学生の頃に工作の授業で作ったもので、中をのぞくと花火のようなカラフルで大輪の花が咲くのだ。くるくると回すたびに色を変えるそれは、いつまでも終わらない光の演舞だった。どれだけ回しても一つとして同じ花はなく、入り乱れる色の世界に夢中になったことを覚えていた。


 月明かりが入るようにまっすぐ掲げたそれをのぞき込む。



 そこには星が輝いていた。


 安物のプラスチックのビーズのかけらが、鏡の中で星になった。


 色のはげたスパンコールが、銀や赤や青の光を夜空にまき散らした。


 そこにあるのは一つの宇宙だった。



 くるり、くるり。夜空が回る。

 私の精神(こころ)はこの小さな紙筒の中に吸い込まれて、何度もその光の中を泳いだ。


 くるり、くるり。世界が回る。

 シャラシャラと音を立てて星が弾ける。




 銀の光は優しく、いつまでも降り注いでいた。



ありがとうございました。

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