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遺書4

 翌日、私はまたあの公園にいた。今度は滑り台のてっぺんで、写真を片手にぐったりと項垂れている。

 夜中も雪が降ったためか、昨日よりも一段と白い公園を見渡しながら、私は寒さに身を震わせた。母が持たせてくれたおにぎりを齧りながら、写真をじっと見つめる。

「いったいどこにあるの……」

 こうなったら聞き込みをするのも一つの手かもしれない。もしこの建物のどちらかが代筆屋ならば、知っている人は知っていてもおかしくないからだ。代筆屋なんて珍しい。私が知らないだけで噂になっている可能性もある。

 そう思っていると、視界の端を金色の何かが掠めた。顔を上げて見てみると、それは人の髪の毛だった。すらりと背の高い金髪の男性が公園前の歩道を歩いている。

 珍しい。それが最初の感想だった。

 東京にいたときは金髪など珍しくもなんともなかったが、この地で見かけるのは結構珍しい。髪を染めている人は沢山いるが、みんなさほど目立たない色だ。田舎はいい意味でも悪い意味でも保守的である。

 金髪の彼は片手にスーパーの袋を持って歩いていた。

「どこかで見たことが……」

 頭の隅にあの金髪が引っかかる。しかし、何も思い出せない。

 私はそのまま彼を目で追った。

 そのときだ。公園の隣にある家の屋根に積もった雪が、僅かにズレた。このままだと、屋根の雪が全部歩道に落ちてしまうかもしれない。しかも、その落ちる先と金髪の男性の進行方向は重なっている。

 私はとっさに叫んだ。

「危ないっ!! ――って、きゃあぁっ!!」

 思わず立ち上がって叫んだものだから、私はそのまま足を滑らせて滑り台を転がり落ちてしまう。豪快に尻もちをつき、泥にまみれたおにぎりが遅れて転がってきて、傍で倒れた。

「いたたた……」

「何しよるん?」

 その声に視線を上げれば、心底呆れたような顔が目に入ってきた。金髪の彼である。手を差し出すわけでもなく、助け起こそうとするわけでもなく、彼は仁王立ちのまま私を見下ろしていた。

「あの……」

 私が事情を説明しようとした次の瞬間、音を立てて屋根の雪が歩道に落ちた。

 金髪の彼もその音に振り返り、目を丸くさせている。

「あ、危なかったので……」

 声をかけた言い訳は、それだけしか言えなかった。しかし、彼はそれですべてを理解したらしく、今度は腕をつかんで立たせてくれた。そうして、落ちたおにぎりに視線をやり、「もったいなかったのぉ」と若者らしからぬ濃い広島弁でそう呟いた。どう見ても二十代そこらなのに。

「なんか落ちとるぞ」

「あっ! 写真!!」

 彼が拾い上げる前に私は雪の上に放りだされた写真を拾い上げた。そうして汚れてないか確かめてほぉっと息を吐く。おばあちゃんと一緒に写った写真はこれしかないのだ。なくしたり、汚したりしてしまったらかなわない。

 金髪の彼は私の後ろからその写真を見て、少し驚いたような顔つきになった。そして、写真と私の顔を何度か見比べる。そして、寂しそうな声で「そうか」と頷いた。

 そのおかしげな反応に私は首を捻った。

「あの、この写真の場所、ご存知なんですか⁉」

「いや……」

「知っていたら、教えてほしいです!」

 身を乗り出しながらそう言った私に、彼は頬を引きつらせ一歩下がった。そうして、少し逡巡したのち、頭を掻く。

「まぁ、ええか。そのおにぎりのお詫びもせんといけん思うとったしな」

「えっと」

「ついてこい。連れて行っちゃる」

「あ、はい!!」

 さっさと行ってしまう彼に私は自転車を引きながら小走りでついていくのだった。


◆◇◆


 連れてこられた場所は写真の場所だった。モノクロの世界から飛び出してきたような古民家も、喫茶店のような一軒家も写真のまま。

 金髪の彼はそのままずんずんと歩いて、何のためらいもなく喫茶店風の建物の方に入っていく。私も彼の後をついていく形でその建物に足を踏み入れた。

 緊張で身体が強張る。まるでお守りのように、手の中にある手紙を握りしめた。

 白っぽい外観からは打って変わって、内装は落ち着いた焦げ茶色を基調としていた。長いカウンターも、四つある四角い机も、椅子も。全部焦げ茶色だ。

 吊るされた照明がオレンジ色の光を放っていて、全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出している。そして、棚の上には洋風の内装には似つかわしくない立派な盆栽。

 私はその盆栽に駆け寄った。

「これ! お爺ちゃんの!!」

「そりゃ、お前が持っとるその手紙の代金じゃ」

「この手紙の?」

「ここは代筆屋じゃけぇの。金をもらう代わりにワタヌキが預かったんじゃ。アイツ、お人よしじゃけぇ」

 代筆屋という響きに私は、やっぱり! と呼吸を止めた。彼の口ぶりから察するに、そのワタヌキさんとやらが代筆業を営んでいるらしい。そうすると彼は、そのワタヌキさんの友人か家族だろうか。

 金髪の彼はさらに続ける。

「それ、公也(きみや)が大切にしとった盆栽じゃろ? 琴美がもうじき育てられんようなるけぇ預かってほしいって言うてきてな。『それならこれを代金の代わりに頂きます』って、あのバカワタヌキが。また金にならん仕事してからに……」

 そう乱暴に言いつつも、口元には微かな笑みが覗いている。きっと本気で反対したということではないのだろう。

 彼はおじいちゃんのこともおばあちゃんのことも、まるで古くからの友人のように名前で呼んでいた。また、おばあちゃんも大切な盆栽を預ける相手にと、彼とその友人らしいワタヌキさんを指名した。私も友情に年齢は関係ないとは思うが、これは少し離れすぎてはいないだろうか。

 彼は、長い暖簾のような目隠しがかかっている先に身体を半分入れると、声を荒げた。

「おい! ワタヌキ! 客が来とるぞ!!」

「あ、はーい! 今行くね!!」

 男性のものにしては少し高くて丸い声が奥から聞こえる。そうしてエプロンを外しながら出てきた男性の姿に、私はまた驚いた。

「あなた、カメラの……っ!」

「え? どこかでお会いしましたかね?」

 きょとんと首をかしげる男の人は、間違いなくあの写真を撮った人だった。大柄で茶色い癖毛。ころころとまん丸いシルエットは着ぐるみのよう。常に微笑んでいるような口元に、くりくりとした黒くてつぶらな瞳が何とも可愛らしい。

 そんなワタヌキさんが外したエプロンを金髪の彼は受け取り、自分で着る。そうしてまるでこれから料理をするかのように腕を捲った。

「焦がさんかったか?」

「うん! 大丈夫だと思うよ! ヤコさんはちゃんと買えた?」

 どうやら金髪の彼はヤコさんと言うらしい。ヤコさんはぶっきらぼうに「買えた」とだけ言うと、奥に引っ込んでいく。

 取り残された私はワタヌキさんを見上げた。

 ワタヌキさんも困ったように私を見下ろしている。

「とりあえず、自己紹介をしますね。ここで代筆屋をやっているワタヌキという者です」

 差し出された名刺を受け取る。そこには手書きで『代筆屋 四月一日 理』と書いてあった。どうやら四月一日と書いてワタヌキと読むらしい。初めて知った。

 私はおばあちゃんからの手紙を差し出しながら声を震わせた。

「あ、あの! これを書いたのは、あなたですか?」

 手紙を見た四月一日さんは黒目をきゅっと小さくさせた。そして呼吸を止め、そのまましばらく固まってしまう。そうして眉尻を下げて視線を落とした。

「そっか……」

 そうして、何かを確かめるように一つ頷く。彼は目を紐のように細くさせると、私に微笑んだ。

「君が、『ふーちゃん』なんだね」

「えっ! あ、はいっ!!」

 私がそう返事をすると、四月一日さんは身を屈めてカウンターの中を探った。そして、両手から少しはみ出るぐらいの小さな箱を取り出す。

「琴美さんから手紙を預かっているよ」

 四月一日さんはカウンター席に座った私の目の前に、その箱を置いてくれる。

 きっとこれがおばあちゃんの用意してくれた宝物だ。そして、次の宝のヒントもきっとこの中に入っている。

 私は微かに興奮しながら、ゆっくりとその箱を開けた。

 そこにあったのは手紙と金魚の根付ストラップが付いた古い鍵だった。

 私はまず手紙を手に取った。


『ふーちゃんへ

 よくここまでたどり着きました! えらい!

 ふーちゃんなら絶対にここまでたどり着いてくれると信じていたよ。

 ここまで頑張ったふーちゃんには、おばあちゃんのとっておきをプレゼントしたいと思います。信くんと一緒に大切にしてください。

 詳しいことは四月一日さんへ。鍵もちゃんと渡しておきました

                        おばあちゃんより』


「鍵ってこれのこと?」

 私は金魚が揺れる鍵を摘んだ。

「それじゃ、行こうか」

「え? どこに……?」

「琴美さんが遺してくれた宝物のところに、ね」


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