ラブレター5
僕は家に帰って想いを形にした。想っていることをつらつらと。
最初は箇条書きにして、内容を組み立てて。気持ちを込める。
手紙を書く作業というのは思った以上に体力と精神力を使うもので、こういうことを職業にしている四月一日さんは単純にすごいなと思ってしまった。
一文字一文字に気持ちを込める。まるで自分の想いをそこに移すかのように。
想いを吐き出した心は軽くなっていく。手紙はインクの分以上に質量が増していき、ずしりと重たくなった。
この手紙は僕の心の断片だ。これを彼女に渡すのかと思ったら、想像以上に気恥ずかしくなった。
たった二枚の便せんを書くのに要した時間は三時間。便箋は何枚も無駄にして、それでも丁寧に自分の想いを綴った。
『いつか、美容師として立派になったら、ミキさんの髪を切らせてください』
勢い余って、そんな願いまで書いてしまった。
翌日、僕は手紙を持って四月一日さんの所へ来ていた。
僕は四月一日さんに一生懸命書いた手紙を差し出す。僕の想いが沢山詰まった手紙だ。
明日、ミキさんが四月一日さんに頼んだものを取りに来る。そのときに僕の手紙も一緒に渡してもらおうと思ったのだ。
自分で渡すには僕にはまだ勇気が足りない。
ポストに入れておくにもまた別の勇気がいる。
そんな僕の心を汲んでくれたのか、四月一日さんは手紙を快く受け取ってくれた。
こうして、静かに僕の一世一代の告白は終了した。
手紙の返信は期待していない。返信が必要な書き方にもしなかった。
だって、この気持ちは僕が伝えたかっただけなのだ。何かを返してほしかったわけじゃない。軽率に想いを押し付けたかっただけだ。
それに弟としか思っていなかった年下の男の子に告白などをされても、彼女だって返事に窮してしまうだろう。どんなに僕が背伸びをしようが、六歳差の溝は深くて遠い。
だから僕は静かに告白をして、静かに失恋をした。
この想いは当分消えることがないだろうけれど、手紙にしたことによって幾分かの整理はつけられていた。本当に四月一日さんには感謝しかない。
そう思っていたのに……
「なんで……?」
手紙を渡して一週間が経ったある日の早朝。僕の家の前にミキさんが立っていた。
驚いて絶句する僕に、彼女は少しだけ緊張したような固い声を出す。
「手紙ありがとう。とっても嬉しかった」
ミキさんは恥ずかしそうに頬を染めていた。
彼女の言葉に胸が熱くなる。僕の気持ちが伝わったのが一瞬にして理解ができたからだ。
ミキさんはさらさらの長い髪の毛を指でつまみ上げた。
そして、はにかむように笑う。
「……髪の毛、切ってくれない? 下手でもいいからさ」
かくして、僕の願いは思わぬところで叶ってしまったわけだが、結果として最後はプロの方に任せることになった。僕にはまだまだ技術が足りない。
斜めになってしまった前髪を整えてもらいながら、彼女はなぜかとても嬉しそうだった。
美容室からの帰り際、僕らは昔の距離感で家路につく。
告白をしたというのに、僕らの間にはそれらしい雰囲気は流れない。
気恥ずかしいようなむず痒い空気も、ガチガチの緊張感も何もない。
それを悲しんでいいのか喜んでいいのかさえもわからないまま、僕は彼女の隣を歩いていた。
「あー、切った、切った!」
ミキさんはあんなに長くて綺麗だった髪の毛をバッサリと切って、ショートカットになった。切った髪の毛の分だけ身が軽くなったのか、彼女はいつになく晴れやかな笑顔を浮かべている。
そして彼女は、肩にかけている鞄から僕が一週間前に書いた手紙を取り出した。
「これ、ありがとうね。すごく心が軽くなったような気がする」
あんなに重たい僕の気持ちを受け取ったというのに、彼女はそう言って笑った。
もしかしたらあの手紙は、僕の重さだけでなく彼女の重さも吸い取ってしまったのだろうか。どうしてそうなったのかはわからないが、だとしたらあの手紙はどれだけ重たくなっているのだろう。もう想像もつかない。
彼女は振り返る。夏らしい短い髪の毛がふわりと軽やかに舞った。
もう身長は越している。見上げてくる彼女の頬が桃色に染まった。
僕より六歳も年上なのに少女のように笑うだなんて、彼女はずるい。……可愛いだなんて思いたくなかった。綺麗なうえに可愛いだなんて、ほんともうずる過ぎる。
「私も最近、可愛い便箋買ったんだよね。……だからさ……」
彼女は自分のカバンから僕が渡したものとは違う花柄の洋形封筒を取り出した。そして、それを僕に差し出してくる。表には『友樹くんへ』の文字。
「これ……」
恥ずかし気な彼女が視線を逸らして一つ頷いた。
そして、僕らはまず文通から始めることにした。
次の更新は6月8日予定です。




