STEP1 Frozen Flare 8
「今回は、お前の出る幕はない。アーティストのボディーガードだ。長門だろう。そうそうお前向きの怪奇オカルト猟奇事件なんて、発生しないさ。うちで最も多いのは、政治家と有名人の身辺警護だ」
「それと、不倫の調査。でしょ」
愛美は、東大寺の話を思い出してクスクスと笑った。
ホテルの側で、カメラ片手に変質者よろしく張り込んでいたとか。東大寺が、まだSGAに入って間もない頃、実際にあった話らしい。
愛美が大笑している横で、東大寺は笑い話にもならないと情けない顔つきをしていた。
愛美の知っている範囲では、そんな依頼が持ち込まれても、綾瀬が適当にあしらってしまう。
それを考えれば、私立探偵でもあるまいし浮気の調査をさせるなど、間違いなく東大寺に対する綾瀬の嫌がらせ(いじめ?)だろう。
それにしてもこんな怪しい会社に、どのような繋がりから依頼主が現れるのか、愛美には今もって分からない。
「うちを、興信所か何かだと勘違いする輩が多くて困る」
綾瀬が、いかにもどうにかしてくれというような表情をした。
本当は、別にどうとも思っていないのだろうが。
実際は滅茶苦茶怪しく、法律スレスレどころか重罪すら厭わず犯す、危ない集団である。
こんなふうに言うと身も蓋もないが、それもまた真実だ。
興信所かそれに類するものにカモフラージュしているというのが、本当のところだろう。
とにかく長門が、SGAで一番の売れ筋であることは間違いない。同じ家に住んでいても殆ど顔を合わせることがないのも道理だ。
で、一体、愛美は何の為に呼びつけられたのだろうか。もう一件別な依頼が入っているような様子は、綾瀬の言葉からは窺えなかった。
愛美はデスクにのりかかるように置いていた腕を曲げて、毛足の長い絨毯に膝をついて、男のサングラスの下の瞳を見上げるようにした。
綾瀬から見ると、愛美の首だけが机の端から出ている格好になる。
「何でも屋だって、標傍している癖に」
綾瀬は独り言ちるように呟きながら、顎を軽く撫でた。
「殺し、その他、何でも請け負いますとやる訳にもいかないしな」
迷子の犬探しに、浮気の調査、ボディガードから、超常現象の解明、迷宮入りの事件の解決、復讐等の諸事情による殺人etc、何でも請け負います。
そんな文句の雑誌広告や何かがあったすれば、胡散臭いことこの上ないだろう。
綾瀬は手を顎から離すと、くいくいと人差指を折り曲げて愛美を立ち上がらせると、デスクを回り込むように合図をした。
「Frozen Flareと言うバンドを知っているか?」