STEP1 Frozen Flare 7
お客様は、三十を幾つか出たぐらいの男だった。
柄シャツとデニム、横においてあったジャケットといい、普通の勤め人には見えなかった。
名刺には、里見克彦という名と、肩書として誰もが一度は耳にしたことがあるであろう大手の音楽会社の名前があった。
さっさと帰ったものと思っていたが、まだいたらしい。
(失礼か?)
確かめなかった愛美も悪いのだが。
それに、いくら綾瀬だって客にコーヒーを出させる為だけに、愛美を呼んだ訳ではない。
多分、きっと……もしかしたら、腹積もりはあったのかも知れない。
この男の考えは、どうにも測りきれないところがある。
客が到着した時、西川が買い出しで出ていた為に、愛美に秘書的な仕事が回されただけのことだ。
そもそもサトミさん、か?が、約束の二十分も前に来るのが悪い。
更に言うなればグズグズせずに、さっさと用だけ済まして愛美が帰ればよかっただけのことでもあった。
地味で目立たないが、秘書としての西川の評判は上々だ。
あと、派手なルックスの紫苑の受けがいいのも道理なことだが。
紫苑がいれば、大抵お茶出しは彼の仕事になる。
綾瀬の趣味だろうか?
この時は愛美しかいなかったのだから、茶ぐらい出さなくてはならない。何と言っても、使われている身だ。
大人の女性で物腰も落ち着いた西川にも、紫苑の洗練された優雅さにも遠く及ばないことは分かりきっている。
せいぜい彼らの立ち居振る舞いを思い出して、それらしく見せかけるだけだ。所詮見せかけ、すぐにボロが出る。
あの怒鳴り声なら、お客様にも勿論聞こえていただろう。
(うーん。笑えない)
「注意力が散漫になっている。ほんの二週間も仕事がないと、すぐこれだ」
綾瀬は、重ねるように傲慢に言ってのけた。
「あなたの言うことは、一々ご尤もです」
神妙な顔をしていたのは、一瞬のことだ。
すぐに愛美は、普段の気楽な調子に戻ると、綾瀬にもズケズケとものを言った。
「今回の依頼は、受けるんですか? この前みたいに金に目がくらんで、不向きな仕事とか回さないで下さいね」
くゆらせていた煙草を綾瀬は、灰皿で揉み消した。
綾瀬は心の中では軽く笑ったが、もちろん表面上は何喰わぬ顔をしている。
英倫館学院での寮生活は、お気に召さなかったらしい。
事件の後始末の出来について二、三、話があったのだが、この分では蒸し返すだけのことになりそうだ。
その件については、綾瀬は何も言わずに済ますことに決めた。
「毎回毎回、向いていないと文句を言うのはお前だけだ」