STEP1 Frozen Flare 6
別に、目を剥くほどのものでもない。
二四時間態勢とは言うものの、睡眠時間もとらず、不眠不休で仕事をする訳にもいかないだろう。
二四時間付きっきりということは、考えられなかった。
それとも交替制でもあるのだろうか。
私は、なぜかそういった諸々のことも含めて、何も言い出せないでいた。
男は、まるで会見は終わりだと言うかのように巻き煙草を銜えると、年季の入ったジッポのライターで火を点ける。
私は、それではお願いしますと言って、諦めて立ち上がった。
横に置いていた鞄から、用意しておいた安物のポータブルプレーヤーにCD-ROMを入れた物を出す。
私は男の側に寄ると、テーブルと同じく塵一つ落ちていず片付いたマホガニーのデスクに、プレーヤーを載せた。
「よければ、新曲です」
男は、営業用と分かる笑みを微かに、口の端に浮かべる。
それ以外は、ずっとポーカーフェイスを崩さなかった。
かけたままのサングラスも、顔色を隠すというよりは、ただのポーズに過ぎないのではないかと思わせる。
結局私は、最初の思惑とは全く違う形で、その場を後にせざるを得なかった。
動揺を隠せない。
業界の人間は押しが強いし、自分でも押しが強いタイプだと思っていたが、それがどうであろう。
気掛かりは気掛かりのまま残された為、玄関の前で私はモタモタとしていた。
戻って行って、ちゃんと話を聞いてもらおうか。
自分は依頼人なのだから、それほど下手に出る必要はないのではないか。
私が自問自答を繰り返していると、パタンと扉が開け閉めされる音がした。あの男が出てきたのかと思ったが、そうではなかったようだ。
「あのね。綾瀬さん。私はあなたの秘書じゃないんですからね。一々、客の相手させる為に呼ばないでくれません?」
部屋の中かから、不貞腐れた女の子の声が聞こえてきた。
多分、先ほどコーヒーを出してくれた子なのだろう。随分大人びて見えたが、声だけ聞くとまだ十六、七にしか思えない。
そして私は、男が綾瀬ということを初めて知った。
男は自分の名を、名乗ることさえしなかったのだと、今更ながらに気付く。
「……大声を……、客が驚く……」
少女の声が筒抜けなのに対し、静かな綾瀬の声は、切れ切れにしか聞こえない。
「お客様は、もうお帰りになりました」
私は、叩きつけられるようなその言葉に、背中を押されるように慌てて外へ出た。
玄関の扉の閉まる音が、応接室にいた愛美の耳にも微かに届く。部屋の中に漂っていた沈黙を、綾瀬は意地の悪い笑みと言葉で破った。
「確かに帰ったらしいな」
愛美は、うっと言葉に詰まる。