STEP4 最後の女神 119
愛美はゆっくりと、しかしはっきりと首を横に振った。
「ごめんなさい。だから、あなたを許すも何もないの」
事実、十七年前に愛美を生んだのがこの女だとしても、愛美を自分達の子供として育てたのは、父と母以外の誰でもない。
そう言う意味では、愛美はあの二人の子供なのだ。
「でも夜久野真名は多分、あなたを許したと思う。他の誰かを不幸にしてでも、幸せにしたいと思うことが自己中心的だとしても、それだけ大切にされていたのだから」
愛美は哀しげな、それでいてひどく優しい表情をしていた。
美奈は手で腹部を押さえると、激しく喘いだ。
その様子を愛美は、静かに見ていた。
「でも、あなたを幸せにしてあげられなかった」
苦痛に歪められた顔は、肉体的な痛みがもたらすものか、精神的な痛みがもたらすものか、そのどちらでもあるようだった。
「私はね、とても幸せよ」
愛美は、心の底からそう言った。
知らず知らずのうちに、愛美は微笑んでさえいる。
美奈は、一瞬ではあるが、耐え難い肉体の痛みからも解放された。
愛美は、慈母のような得も言われぬ表情をしている。
その言葉に嘘はなかった。
今も昔も、愛美は幸せだ。
父が母が弟が、友達がいた。
そのあとは東大寺が紫苑が巴が、SGAの仲間がいた。
しかし、幸せには陰が付きまとうことを知っている。
楽しかった平凡な日々が突然終わりを告げたように、SGAでの日々もいつかは終わるだろう。
その先、愛美が幸せでいられるかどうかは分からない。
「母とは、呼んでもらえないのね」
美奈は、それを当然だと受け止めながらも、そう聞いていた。
「ええ」
愛美は微かに笑みを浮かべたまま、小さく頷く。
「厳しいようだけど、自分に嘘は吐きたくないから」
美奈が伸ばしてきた血に濡れた手を、愛美は握ってやった。
最後の力を振り絞るように、美奈は眉根を寄せて、喘ぎつつもその言葉を愛美に残した。
「あなたの両親は、きっとあなたのような娘を持って誇りに思う筈。これからも、あなたはあなたのままで、素晴らしい生き方をして下さい」
唇を笑みの形にして、美奈は力強く頷いて見せる。
美奈の腕から力が抜けたあとも、愛美はしっかり美奈の手を握り締めていた。
事切れた美奈の顔は、あれだけの苦痛に耐えていたとは思えないほど、穏やかで美しかった。
夜が、忍び足で辺りを包み始める。
愛美は、それでもまだ美奈の手を放すことができなかった。
――愛美、お前は……。
知ってる。
愛美は頭の中に響いた綾瀬の声に、頭の中で応えた。




