STEP4 最後の女神 113
愛美はそう、走りながら聞き返した。
鴉が綾瀬の目の代わりになっていることは知っているが、綾瀬の意思とも繋がっているのだろうか。
それなら鴉の身勝手さも、納得がいく。
それとも、飼い主が悪い所為だろうか。
いつかも、この鴉に導かれて行ったことがあった。
あの時は、長門が一緒だった。
長門と、奈良に行ったことが思い出される。
あの時二人は、まだ何も知らずにいた。
互いのことなど何とも思っていなかった――いや、嫌いあっていたのだ。
長門がどうかは知らないが、愛美は長門のことを嫌い抜いていた。
今は、何の屈託もなく嫌いだと言えた頃とは違う。
あれから、もう一年半近く経つのだ。
愛美は、少しまごついたものの、駅で国分寺行きの電車を捕まえた。
電車の窓からは、鴉の姿は見えなかった。
駅で降りると、出口からすぐに見える電柱の上に、鴉の姿があった。
国分寺であっていたらしい。
愛美はすっかり覚悟を決めて、とことん鴉に付き合うつもりになっていた。
鴉は愛美が自分を見つけたことに気付くと、空へと舞い上がり飛び始める。
鴉のスピードは、愛美の足を待っている暇はないと言いたげで、早く早くと急かすようだ。
急かされても、人の足には限りがある。
愛美は鴉を追いながら、路地から路地へと駆けて行った。
日暮れ間近だった。
愛美は、何の為に急いでいるのかも分からないまま、ただ走っている。
いつでも、愛美は走っていた。
いつかも――いや、何度もこうして走っていた。
誰かの為に、何かの為に、自分の為に。
今は、何の為に走っているのだろう。
失った何かをとり戻す為に、愛美は走っているのかも知れない。
それは決して逃れられない運命のように、愛美の前に立ちはだかっている気がして、気ばかりが焦って仕方がなかった。
なぜ、こんなに心が騒ぐ。
愛美は、不意に鴉の行方を見失ってしまった。
見失ってしまった時には、目の前には空き地が広がっていた。
ビルと古い町並みが混然となった辺りに、その空間はあった。
空き地となってから、まだそう月日は経っていないに違いない。
それでも雑草は、ところ構わず蔓延っていた。そのうち整地されて、駐車場にでもされてしまうのだろう。
その空き地の隅っこに、粗大ゴミのようなものが丸まっていた。
薄れゆく光の中でそれは、どうしても不気味なものに映る。
愛美は放っておけと言う心の声に背いて、空き地に踏み込んだ。
ブロック壁に凭れているのは、人だった。
きちんとした身なりをした中年の男だ。
若々しく見えたが、案外初老に近いのかも知れない。




