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STEP4 最後の女神 108

 残された書き置きにどのようなことが記されていたか、榊原の知るところではないが、文香様は手が着けられないほどの御様子であった。


 君乃様は、全くうまくやったのだ。


 見事な消えっぷりであった。


 もし榊原が文香様のことを慕っていなければ、拍手喝采したい気分だ。


 そうでもしなければ、君乃様が自由を手に入れることなどできなかっただろう。


 ただ、娘を失い苦しむ文香様を見ているのは辛かった。

 例えそれが、文香様の君乃様に対する方向性のズレた愛情であっても。


「二度と口を聞くなと、激しく立腹なされました」


『奥様。君乃様の思いを熱しては冷めるだけの思いなどと決めつけるのは、どうでしょうか?』

『君乃は、たかが十八の子供なんですよ』


『文香様が君乃様をお生みになったのは、十六です。私は、十五の時にこのお屋敷に上がらせてもらってから、ずっと奥様のことを』

『二度とお前の言葉は、聞きたくない』


 文香様は、年の近い私を、弟のように扱ってくださった。


 執事や使用人と言うよりは、家族同然の扱いを受けていたようなものだ。


 文香様が愚痴を言える相手は、私しかいなかった。

 使用人なら何十人といたし、中には文香様と同年齢の女中もいた。


 しかし彼ら、彼女達にとって屋敷の住人は、あくまで雇い主でしかなかった。

 本当に親身になってくれる者など、一人もいなかったのだ。


 唯一頼るべき存在である旦那様は、文香様を大切に思うあまり、その胸中に立ち入るようなことはなさらなかった。


 開いた年の差を、気にしてもいたのかも知れない。


 他の男の元に走られるぐらいなら、私のような者を与えておいて、手近な慰めの道具にすればいいと、旦那様は思われていた節さえあった。


 逃げられるぐらいなら、何でも好きにさせておこうと。


 だからこそ、私はこの屋敷に入れられたのだ。


 ただ、文香様は気紛れにしても、旦那様以外の男に慰みを求めるようなことはしなかった。


 私に対しては良い姉として振舞われ、人品卑しからぬ女を妻とするようにと娶あわされる。


 その妻も、二十年ほど前に癌で逝った。


 何度か再婚話も出されたが、私は全て断ってきた。

 妻に対しても、文香様への思いを断ち切れないことを負い目に感じていたのだ。


 新たに迎え入れても、私はどこか文香様の影を引きずっているだろう。


 それは妻や、その女性に対する侮辱である。


 しかし文香様は、私が胸の裡を告白したことも、君乃様が駆け落ちをされたことも、忘れてしまったのだ。

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