STEP4 最後の女神 100
愛美はキミノの期待に応える為にも、真っ直に文香の顔を見つめた。
「母様、ありがとう」
顔色一つ変えずに文香は、その言葉を聞いた。
文香にどのような影響を与えるかは、どうでも良いのだ。
愛美がその言葉を言うことが終止符であり、愛美の負けを認めることであった。
「どれだけ間違っていても、あなたにキミノさんは愛されていたんだからね。恨んだりしていないと言っていたわ。執着が生み出したものは、それと気付いた時に消えるもの。キミノさんも、闇へと還っていける」
愛美は席から立ち上がりつつ、キミノの方を見る。
キミノは、愛美に軽く頷いて見せた。
愛美はキミノから視線を外し、代わりにずっと立ち尽くしていた執事の榊原を見る。榊原は、チェス盤から目を逸らさなかった。
「さっきの言葉で、一つとり消しておくことがあるわ」
チラッと愛美は文香の顔を見ると、軽く肩を竦めた。
「あなたの死を悼む人は、一人いることは確かね。それが誰かは、自分で聞いて確かめればいい」
藤椅子に座る文香は、やけに小さく見えた。グッと老け込んだようにも見える。
愛美の言葉に、心を動かされた様子はなかった。
もうやることは全て終えたと、愛美は実感していた。
残されたのは、この場から立ち去ることだけだ。
「この解決、満足いったかどうかはともかく、これで終わったのは間違いないわ。それじゃ、もう二度と会わずに済むことを祈ってます」
前半は自分に言い聞かせるように、後半は心からそう思って言った。
できることなら、二度とお目にかかりたくはない。
愛美はそのまま歩きかけて、最後に言い忘れた言葉を思い出した。
相変わらず榊原は、木儡人形のようにチェス盤を見つめたままだ。
愛美は榊原をジッと見つめ、少しだけ微笑んだ。
心からの笑みというよりは、どこか悲しげな笑みになってしまったのは仕方がない。
「この屋敷にかけられていた呪いは、もう解けたから」
愛美のその言葉に、榊原はビクッと顔を上げて愛美を見た。
小さく、愛美は頷く。
そして愛美は、もう二度と振り向かずに歩き出した。
「行ってしまったわ」
部屋から愛美が消えたあと、文香はそうポツリと呟いた。
「お行きなさい。あなたの思うようにしてちょうだい。私とあなたに残された時間はたっぷりあるもの。また、二人だけになってしまったのだから」
文香は力なく顔を上げて、榊原に僅かに微笑んで見せた。
榊原は何か言おうと口を開きかけたが結局それはやめて、ただ深々と頭を下げただけだ。そして、足早に部屋を出ていった。




