STEP4 最後の女神 92
声に出すと、左端のポーンを二つ進める。
それと同時に愛美は、文香への質問を始めていた。
上田美奈と別れて屋敷に戻る途中、愛美は何度も繰り返し、言わねばならない言葉を反芻したのだ。
文香の反応如何によっては、随時、台詞は変えなければならない。
頭の中でのイメージトレーニングは、十分とは言えなかった。
もうこうなれば、やるだけやるしかない。
自分のやることなら分かっている。
「屋敷内で妙な気配を感じるようになったのは、ごく最近のことである」
「YES」
文香はおかしそうな顔を、できるだけ真面目にしようとしているが、それは成功しているとは言い難かった。
新しい玩具を手に入れたかのように、好奇心を押さえきれない様子でいる。
文香は返答を返すと同時に、同じように向かって一番右端のポーンを二つ進めた。相手の動きを、見るやり方だ。
「あなたの足元が覚束なくなったのは、まだ最近のことである」
ポーンの7を二つ進めて、文香がいま動かした右端のポーンをとった。
「ええ、そうね。八年前、夫が亡くなるまでは、私が夫の杖代わりとなっていたぐらいだし、外出時に車椅子を使うようになったのも、ここ二年ほどじゃなかったかしら」
文香は思い出すような口振りで、愛美が動かしたポーンを、ポーンの6でもって潰した。
まずは、互いを潰し合うことから始まりそうだ。
「それまでの間、二階にある娘の部屋だけは、自分で掃除をしていた」
これは多分、間違いないことだ。
文香が、認めるか否か。
ここで躓けば、別なところから攻めていかねばならない。
愛美は相手の動きを見る為に、戦況にはすぐには影響を及ぼさないナイトを動かした。
「ええ、その通りだわ」
文香は愛美の言葉をあっさりと認め、ポーンの2でもって、愛美の初手であるポーンの1をとった。
「最近でも、エレベーターを使って二階に上がっては、娘の部屋に行くことがある」
攻撃範囲にあるポーンの2を、ルークでとる。
「確かに、そう言うこともありますわね」
文香は、警戒するような口調で言った。
動かしたのはナイトだ。
愛美と同じで、先の手を待つつもりだ。
「あなたは、娘のことを心から愛していた」
愛美も手探りで、今度もルークを1マスだけ進めた。
「当然ですわ」
文香は作り物でない笑顔を見せると、尊大に言い放った。
ビショップを二つ文香も進めただけで、愛美の次の動きを待つだけにする。
「娘の為なら、お金には糸目はつけない」
文香が動かしたビショップを、愛美はビショップで潰した。




