STEP4 最後の女神 91
執事の榊原は、ポットの液体をティーカップに注いだ。
湯気と、花の香りがふんわりと漂う。
お茶の用意をする手を榊原は止めずに、サンルームに入ってきた愛美に黙礼だけして見せた。
愛美はそれに、厳しい表情のまま軽く頷いて見せただけだ。
榊原の表情は相変わらず柔和なままだったが、瞳には気遣わしげなものを湛えていた。
愛美の様子が、いつもと違うことに気付いたからだろう。
それとも、これから起こる出来事を予見したからだろうか。
「上田さんからの伝言です。決心がついたとかで、ここにはもう来ないそうです」
愛美の固い声に、藤堂院文香は気付いた様子もなく、いつものおっとりした調子で、
「あら、カップが一人分、余計になってしまうわね」
と、言っただけだった。
文香から一メートル以上離れた所で、愛美は足を止める。
ティーカップに手を伸ばしかけていた文香が、顔を上げて愛美を見ると、僅かに眉を顰めた。
「あら、その格好は?」
微かに、咎めるような響きがある。
愛美は、それを無視した。
「チェスをさせて下さい」
固い口調を崩さずに、愛美は言った。
黒の綿パンと、長袖の黒と白のボーダーシャツ。
ベージュのデニム地の上着は、今は手にかけていた。
髪の毛は、頭頂部で高く結い上げている。
文香の元を訪れる前に、愛美は自前の服に着替えを済ませただけでなく、使っていた部屋を片付け、荷物もまとめていた。
「ホホ。何か賭けてやろうかしら。あなたを養女にする権利とか」
声は笑いを含んでいるが、文香の目は笑っていなかった。
愛美の意図を汲んだのだろう。
文香の言葉に愛美は、いちいち反応しなかった。
「では、私が勝てば、この屋敷での仕事に終止符を打たせてもらうことになりますね」
お茶の支度を終え、次には配膳車を押してこの部屋を去るであろう榊原に、愛美は先に釘を刺した。
「榊原さん、立ち会い人をお願いしてよろしいですか?」
車に手をかけようとしていた榊原は、愛美の言葉に返事は返さなかったものの、畏まりましたと言うように頭をさげた。
一歩足を引いて揃えるとテーブルの横、愛美と文香の中間点に位置するように身体を動かす。
テーブルの下に片付けてあったチェス盤と、チェスの駒を愛美はとり出した。
愛美は藤椅子に腰を浅くかけると、白い駒を定位置に並べていく。
文香が赤い駒を並べ終わるのを待って、愛美は開始の合図の代わりに、榊原に頷いて見せた。
そして。
「ポーンの1」




