STEP4 最後の女神 90
あとは美奈は美奈の道を、愛美は愛美の道を行くだけだ。
愛美はバッグの小物入れからゴムをとり出し、つけていたバレッタを外した。
そして愛美は、久しぶりに髪の毛を高く結い上げる。
「彩乃さん?」
あらと、美奈が驚いたような顔をした。
愛美も、きっと今までとは違ったように見えたことだろう。
しかし、これが愛美の本当の姿だ。
文香が与えた衣装も名前も、愛美の本質を変えてしまうものではない。
どんな格好、どんな名前で呼ばれても愛美は愛美だ。
ただ、難しいことは考えず、思う通りにすればいい。
それでこそ、愛美らしいと言える。
「私は、京極彩乃なんて御大層な名前じゃないわ。それは文香さんが勝手につけたもの。京極って、文香さんの旧姓だって知ってました? 私は、近藤愛美。それ以外の何者でもない」
美奈は確かめるように、近藤という名前を繰り返す。
愛美は、美奈の無表情にまでに表情のない顔を、別段奇異なものとは受け止めなかった。
美奈にとってその名前は、何の意味も持たないと言うだけのことだ。
愛美は、自分を包む風を感じた。
心を急かすように、何かが走れと言う。
「それじゃ、どこかで次に会った時は、愛美と呼んでくださいね」
愛美は最後にそれだけ言うと、パッと身を翻して駆け出した。
ピンクと白の格子縞のワンピースに白の長袖のカーディガンを着た少女は、その洋服には閉じ込めてはおけないほどの活力を、周囲に発散させて走っていく。
最後に向けられた挑戦的で、くっきりとした笑顔が、美奈の中に過去を甦らせる。
美奈は少女の姿が見えなくなるまで、その場で立ち尽くしたままだった。
こめかみのあたりを、美奈は指で揉むようにした。
「マナなの?」
膝が崩れそうになって、美奈はよろけた。
――そう。そうなのね。
美奈は顔を片手で覆いながら、一人呟いた。
見えていた片方の目尻から、光るものがツゥと頬を伝った。
美奈はすぐにそれを振り払うと、少女が向かったのとは反対の駅の方に、確固たる足どりで歩き始める。
二人の道は、既に外れてしまった。
もう二度と交わることがないのは明らかだ。
決別などに気をとられないように、美奈はただひたすら前だけを見つめていた。
その顔には、今は笑みが浮かんでいる。
――罪と罰に浸り
夢は赤く燃えて
暗い空は割れて
星は堕ちた あの明け方の海に
呼んでごらん僕の名を
駄々をこねる子供のような
ないものねだり
欲しいだろう
言ってごらんよ
全部あげるよ 君に
言ってごらんよ
欲しいって
辱めるように容赦なく
喰むようにひそやかに
蝕むように果てしなく
堕ちていく どこまでも
昇っていく どこまでも




