STEP4 最後の女神 84
――デモ、ワタシニハドウニモデキナイ。カアサマニハ、ワタシノスガタハミエナイシ、コエモキコエナイ。コノイエニイルヒトハ、ミンナ、ワタシノコトハミエナイ。
キミノは幼い子供のようなたどたどしい口調で、必死に愛美に伝えようとしている。
この家にいる人というのは、榊原や他の使用人達のことだろう。
――ソトカラクルヒトハ、マエニイチドキタオトコノヒトモ、ワタシガワカル。モウヒトリノオンナノヒトモ、ワタシニキヅイテル。デモ、ソノヒトハ、ミナイフリヲシテイル。
前に一度来た男の人というのは、もしかしたら綾瀬のことじゃないだろうか。
愛美を眠らせて車内に放置しておいて、綾瀬はこの屋敷を訪れたに違いない。
では、もう一人の女の人というのは。
『女の人って、上田さんのこと?』
名前までは、キミノには分からないようだ。
困ったように首を傾げて、
――トキドキクルヒト。
と、だけ言った。
――ソノヒトニモ、ツタエヨウトシタケド、ミテクレナイ。アナタハ、スグニキヅイテクレタシ、ワタシノコトヲ、サガソウトシテクレタ。
キミノは、愛美の方に腕を伸ばした。
何かを求めるかのように差し出された腕を、愛美はとってやった。
スウェードの、柔らかな手触り。
このぬいぐるみをいつか、君乃の腕が抱き、君乃の指が撫でたのだろうか。
愛美はそっとテディベアの手の平を握りながら、小さな子供にでも言うような口調で語りかけた。
『無理やりこの屋敷に縛り付けられて、恨んでいることでしょう』
――ウラム? ワタシ、カアサマガスキ。
キミノは、あどけない子供そのものに言った。
愛美は、手を放す。
キミノは暫く手を伸ばしたままでいたが、ゆっくりと下に下ろした。
愛美はほんの少し緩めていた表情を、厳しいものに変える。
『私がここにきたのは、あなたを何とかする為よ。あなたのお母様に頼まれて』
――ヤッパリ、ワタシガマッテイタノハ、アナタ。
キミノの言葉には、愛美への信頼と尊敬がありありと現れている。
『それは、つまり、あなたが消えることなのよ。分かってる?』
キミノは俯いて、微かに頷いた。
闇は闇に。
それが、愛美の仕事だ。
テディベアは寄るべない子供そのものに、小さな肩を窄めて下を向いている。
愛美はキミノの頭を撫でてやり、抱き締めてやりたい衝動に駆られたが、唇を噛んでその思いに堪えた。
その代わり。
『何か、お母様に伝えたいことはある?』
キミノが、顔を起こす。
――オネガイ。イッテホシイコトガ、アルノ。




