STEP1 Frozen Flare 34
ザキは後ろを向くと、ツカツカとドラムセットに近付いた。
「リズム。そんなんじゃ、打ち込みのがマシだっつの」
馬鹿にしたようなザキの言葉が、静かなスタジオに響いた。
椅子を蹴り倒しそうな勢いで、ヨータが立ち上がる。頭一つ分近く身長差があるものの、ザキは負けずにヨータを睨んでいる。
「やってられっと思うか。口動かすんなら歌えよな」
愛美は後で知ったことだが、『Frozen Flare』は、前奏はなしでボーカルから始まる曲だ。ちなみに、打ち込みというのは、機械で楽器音を作ることだった。
生演奏の意味がない。ザキははっきりそう言ったのだ。
音楽のことが愛美に分かる訳ではないので、ヨータの演奏に微妙な狂いがあったのかもしれない。
二人とも、今にも掴み合わんばかりに睨みあっている。
この時もだが愛美は、絶対にザキの方が悪いと思った。
言い方ってものもあるんじゃないか。
あわやというところで穏やかだが、どこか芯の通った声が投げられる。
「ヨータ」
シヴァが言ったのはそれだけだったが、有無を言わさぬ強さがあった。
二人は睨み合ったままだったが、ヨータは何かを堪えるように数度肩で大きく息をした。ライは素知らぬ顔で、ギターのピックを掻き鳴らす仕草をしている。
ウミハルも友人を止めるでもなく、顔を俯けていた。
どこか冷たい感じがする。
ヨータは、シヴァの言葉によって自分を押さえたようだ。
「分ぁってるよ」
そう言うと、プイとザキから顔を背けて椅子に座り込んだ。
ザキはフンと鼻を鳴らすと、ヨータの側を離れる。
気まずい雰囲気を一掃するべく、わざとらしい明るい声で「少し休憩にしよう」と里見が言うと、メンバーはバラバラと外に散らばっていった。
ザキがスタジオに残っているので、長門も愛美の側から離れなかった。
シヴァはヨータと共にスタジオに残って、ヨータに何か言い聞かせているようだ。ヨータは拗ねたような顔はしていたが、もう怒ってはいなかった。
ヨータではなく、ザキの方に愛美なら言ってやりたいところだ。
もうちょっと年上の人間は敬えと、口の聞き方には気を付けろと。
無意識の内に指の腹で唇を撫でている長門に気付き、愛美はちょっと気持ちが楽になった。
何があってもこの男は、 ゴーイングマイウェイらしい。
愛美は、他のスタッフに気付かれないように小声で、長門に囁いた。
「さっき何を言うつもりだったの?」
「いや、機嫌が悪そうなんで一悶着あるなと」
先に聞いていても、どうにもできないことだ。
愛美は、軽く溜め息を吐いた。その時声を掛けられて、愛美は驚く。




