STEP4 最後の女神 67
ぽっかりと空洞になった心を愛美は抱いたまま、ふと顔を天井に向ける。
そこには、もう一つ扉があった。
愛美がこの部屋から出て行くための扉が。
ゆっくりと愛美は立ち上がって、扉に向かって手を伸ばす。
そこで夢は終わった。
愛美は、家のベッドの中で目覚める。
目覚めてからも一時間ほど、ベッドから起き上がれずにいた。
暗示的と言うよりも、未来そのものを表しているような夢に、愛美は打ちのめされていた。
今まで積み上げてきたものが、全て壊れていく予感。
恐れたところで、時の歯車を止めることはできない。
愛美が家族を奪われて、悪夢の中に引きずり込まれるしかなかったように、今度はSGAのメンバー達との別れがくる。
それは、それぞれの新しい旅立ちという形で。
一年すれば、愛美は高校を卒業する。
人は、別れと出会いを繰り返し、生きていく。
今は散る。それを止める術はない。
だったら自分に与えられたことを、自分にできるだけやっていこう。
それしか、愛美にできることはないのだから。
愛美は「僕はまだ大丈夫」と、F・フレアの歌詞を呟くと、夢を脱ぎ捨てるようにベッドから起き出した。
洗面所の鏡とにらめっこしながら、愛美は唇にリップをのせていった。
いつ買ったのかも覚えていない新品の、ピンクの色付きリップだ。
愛美は化粧には興味がないので、化粧品に近いものと言えば、薬用のファンデーションとリップぐらいしか持っていなかった。
今時、小学生女子だって、メイク用品の一つも持っている。
洗面所の扉のドアノブが、ガチャリと回される音がした。
そのまま開けられると思いきや、扉は細めに開いただけだ。
「仕事の片はついた」
それに、愛美は愛想の破片もなく、帰ってたのと返事を返した。
愛美の視線は、あくまでリップを塗る口元に向けられている。
リップを引き終わり、よしと納得して、愛美はリップを回して蓋をした。
最後にもう一度、自分の顔を鏡に映して、愛美は洗面所を後にする。
長門は、廊下に立っていた。
「どうかしたのか?」
長門は愛美を見るなり、まずそう言った。
まじまじと長門は、愛美を見下ろしている。
愛美は、途惑った。
昨日泣いた為に、瞼が少し腫れぼったい。
泣いていたことを気どられたのだろうか。
長門は不思議そうに、
「その格好。いつもと違う」
と、言った。
愛美は、自分の服装を見下ろして、一つ溜め息を吐く。
老女の屋敷で着ていたものを、今日も着ていた。
髪の毛も、もちろん下ろしている。
昨日、東大寺は愛美と見ても、すぐには気付かなかった。




