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STEP4 最後の女神 60

 キャップを被った少年は、マンションを一度見上げたあと、庇を目深かに下ろして歩き去ろうとする。


 愛美は、何か変だなと思って足を止めた。


 少年は植え込みの側に立つ愛美に気付かず、行ってしまいそうになる。


「東大寺さん?」

 愛美はその少年――東大寺を呼び止めた。


 帽子のツバの下から、胡乱げな視線を投げられた愛美は少し怯んだ。


 人違いなどではない。

 確かに相手は東大寺だ。


 そんな他人行儀な視線を向けられるのは、初めてだった。


 東大寺は、ああとかなんとか呟いたが、普段の彼の様子とは明らかに違う。


 何か途惑っているようだ。


 何かあったのだろうか。

 愛美は心配を振り払う上でも、わざと脳天気を装った声を出す。


「いつものあの元気はどうしたんですか。もしかして、東大寺さん。お腹が空き過ぎて、力が出ないとか?」


 東大寺は、不思議そうに愛美を見ながら、

「その格好?」

 と、だけ呟く。


 自分の格好に目を落とした愛美が、今度は、ああとか何とか呟く番だ。


 濃い朱色のロングスカートと同色の袖口のヒラヒラしたボレロ。

 ブラウスとスカートから覗く、アンダースカートの白さが如何にも可憐だ。


 靴は茶色の紐ブーツと、お嬢様路線まっしぐらである。


 そんな格好で、愛美は財布一つを握り締めているのだ。

 怪しいことこの上ない。


 電車や駅で、人目がやけに気になると思ったら、この格好の所為だったのだ。


 鞄一つ持たず、財布だけ握り締めて電車に乗って、気が付けばここに立っていた。



「これじゃ、突発的な家出みたい」

 老女の屋敷で愛美が暮らすようになって、四日が過ぎた。


 今日も老女の話し相手だという中年の女性、上田が屋敷を訪ねて来るだろう。

 二日に一度は、お茶の時間にばれ――呼ばれているらしい。


 上田美奈という女性が、一体どのような人なのか、まだよく分からない。

 相手にとっても、愛美が何者なのかよく分からないことだろう。


 老女は、愛美を京極彩乃として彼女に紹介した。


 上田が帰ったあとに、愛美は老女に喰ってかかったが、養女にしたいと思っているのは嘘じゃありませんわと、さらりと言われてかわされてしまった。


 そのあとは何を言っても馬の耳に念仏、蛙の面に水、平気の平左だった。


 便宜上、愛美も彩乃ということにしているが、だからと言って老女の言葉を認めた訳ではない。


 養女なんてまっぴらごめんだ。


 老女が例え老い先短く、死後に莫大な遺産が転がり込んでくるとしてでも、である。


 よく分からないと言えば、執事の榊原こそそうだった。

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