STEP4 最後の女神 58
藤椅子に座ったままの老女が、老眼鏡を外して懐かしげに目を細めて、蓄音機を眺めている。
「本当に、上流階級って感じね」
愛美は、蓄音機の台に掛けられていた木蓋を外した。
誰がしたものか。
片付けてあったわりには不手際なことに、ターンテーブルの上にレコードが一枚、載せられたままになっている。
レコードの溝に、ソッと愛美は針を落とした。
ターンテーブルが回り初めて、静電気でも起きているかのような、パチパチと言う音が聞こえ出す。
雑音が多く、どこか間伸びして聞こえる、どこか異国情緒の漂う旋律が流れ始めた。
愛美はフッと、この世ならぬものを見たような気がする。
身体が華やかなざわめきに包まれ、芳醇な酒の香りと煙草の煙を嗅いだと思った。
シャンデリアの下がった広いホールには、ドレスや燕尾服を着た男女の姿があった。
それも一瞬のことで、辺りは相変わらず春の陽射しが降り注ぐ、サンルームだ。
沢山の人の姿などある筈もない。老女と愛美がいるだけだ。
手回し式とは言え、蓄音機のレコードだって、愛美が回してもいないのだから、もちろん回転する訳がない。
全ては幻聴、幻影だ。
老女は何も見ず、何も聞かなかったようだ。
しかし愛美が、頭の中で勝手に作り上げたイメージではない。
愛美に今の光景を、見せたものがいた。
庭へと、何らかの気配が向かうのが感じられる。
何か形のあるものが、確かに出ていったようだ。
愛美は、ハッとして外を見る。
「何かいた」
愛美は立ち上がって、ガラス扉の一つにとりついた。
「いつもの猫かしら」
老女が、藤椅子の背もたれを掴みながら、立ち上がって愛美と同じように外を見る仕草をする。
「お庭によく入ってくるのよ。野良なら家で飼ってあげてもいいんだけど、餌を上げても、食べ終わるとすぐに出てっちゃうの。やっぱり何か憑いてるからかしら?」
老女は、最後は半ば独り言でも言うように呟く。
愛美は、そんなものではないと言おうと思ったが、口には出さずにいた。
無駄だとは思ったが、愛美は一応、庭に出てみる。
手入れをされた薔薇の植え込みを覗いてみて、結局、無駄だと悟って部屋に戻ろうとした。
その時、気配を感じて、愛美はそちらの方向に向き直っていた。
あれ?と思う。
向こうはかなり驚いたのか、前足を出しかけた姿勢のままで、ジッとこちらの動向を窺っている。
クリーム色のシャム猫が、愛美を見つめていた。
それが、老女が言っていた件の猫だろうか。
愛美が感じた気配というのも、そもそもその猫の気配だったのだろうか。
分からない。
猫は、見知らぬ人間を前にして緊張している。
「おいで、おいで」




