STEP4 最後の女神 55
すぐに老女は頭を振ると、
「いいえ、そんなことはありませんわ」と、答えた。
「しかし、使用人に口は必要ありませんもの。幼い頃からこの屋敷で働いておりますから、それが身についておりますのでしょう。口を利くことは、執事として悪いことだと思っているのでしょう」
このように幕を開けた屋敷で過ごす第一日目は、特筆すべきようなことは起こらなかった。
愛美は一人で敷地内をくまなく探索してみたが、問題はやはり屋敷の内部にあるようだ。
昼食・夕食・朝食ともに、老女の寝室で摂った。
老女は、寝室とサンルーム以外は殆ど使っていないようだ。
屋敷の一階の右翼側には、物置や(愛美が寝室として使用している)執事室、図書室や遊戯室なるものまであった。
ほぼ毎日のように夜会が開かれていた頃の、名残だという。
大階段と図書室や遊戯室の辺りが、戦前の面影を留めているようだ。
左翼側は、調理室やダイニング・リビングとなっているが、比較的新しい作りになっていて、愛美の気分を騒がせるようなことはなかった。
バターロールに、玉子、ベーコンを炒めた物と、フルーツシリアルに紅茶とオレンジジュースまでつく朝食を老女と共にしたあと、愛美は大階段の辺りをウロウロとしていた。
その時、パリッとしたお仕着せ姿の榊原を見かけた。
朝食は通いの料理人がまだ来ていないので、毎朝、榊原自らが作っているとのことだ。
愛美は、榊原に声を掛けた。
「朝ごはんの玉子料理、すごくおいしかったです。玉子が高価だから。道具がいいから。やっぱり腕がいいからなのかな」
チーズとクレソン入りのふわふわの(フワフワではなく、あくまでふわふわ)スクランブルエッグ。
白身と黄身がしっかり混ざっていて、舌の上でとろけるかのようだった。
スクランブルエッグと言っても、侮ってはいけない。ピンからキリまで色々あるのだ。
紫苑の作るのもうまいが、紫苑は東大寺の好みに馴らされているのか、朝食の卵料理に分厚い出汁巻きや刻んだ野菜たっぷりのスパニッシュオムレツなどを作ることが多い。
スクランブルエッグにもごっそりウィンナーが入っていたりするから、卵のふんわり感はあまり楽しめない。
もちろん頼めば、お洒落な朝食だって作ってくれるだろうが。
愛美が作るものは、もちろん下の下もいいところである。
家では玉子はタイムサービスのものを使っているが、安い玉子の所為だとは到底言えない。
「三食昼寝付きじゃ、すぐに太っちゃう」
愛美はそれだけ言って、榊原の前を離れた。




