STEP4 最後の女神 52
「その医者、この家の広さを分かって言ってるのかしら。若くて、元気だけが取り柄の私も、玄関からここまで来るの、疲れるんだけど」
玄関どころか、門から屋敷までだって遠いのだ。
春休み中ダラダラ過ごしていた愛美には、辛いものがあった。
それとも呼びつけられているかかりつけ医とかが、分かっていて腹いせで言っているのかも知れない。
「そもそもね、この家、馬鹿みたいに大き過ぎるのよ。起きて半畳寝て一畳。家は、広過ぎれば余分な物が増えてしまうだけよ。物だけじゃないの。部屋が小さいと、風を入れるのも簡単だけど。こんなに広いと、風も通らなくなって、悪いものが滞ってしまうわ」
このサンルームに辿りつくまでに目にした建物内の幾つかの場所は、愛美に妙な気分を起こさせる。
それはその部分が、立て替えられる前の古いものが残されているからというだけではなかった。
古い物には、色々な人の思いと、時が染み付いている。
愛美にはそういう場所は、澱んだ空気として感じられた。
「まるで、怪しげな霊感商法か風水師ね」
老女は、おかしそうにクスクスと笑う。
愛美もおかしくなって、ちょっと笑った。
「奥様、この壷をお買いなさい。悪いことが起こるのは、全てあなたの悪行の所為」
愛美は演技の下手な俳優のような大袈裟な表情をして見せたが、すぐに真面目な顔に戻った。
「そういう霊感商法を信じる人は、まだ良心があるのよ。信じる信じないより、自分がしていることが悪いことだとは思ってるんだから。それに私は、あの怪しい綾瀬さんの所で働いているんですからね。そういう教育はばっちりよ。思うに、風水の根本的理論は間違ってないわ。この屋敷は、空気が凝り固まっているもの」
愛美よりほんの少し背が低いだけの老女が、愛美を悪戯っぽく見つめている。
「あなたが、この屋敷に風を入れてくれるのかしら?」
愛美は、晴れやかな笑みを見せた。
思わず見る者を引き込むような、魅力的な笑みだ。
「いいえ、私が起こすのは、嵐よ。台風みたいにやってきて、猛威を奮って去っていくのが、私のやり方」
愛美はそう言って、サンルームにあるもう一つの扉を開けた。
そこは、老女の寝室だということだった。
豪華なリゾートホテルの部屋といった趣だ。
部屋の中には、エレベーターがとりつけられている。
室内の調度に合わせて、彫刻を施された木目調の扉になっていた。
車椅子で乗り入れやすいようにと、エレベーターは余裕を持った広さがある。
エレベーターの扉が開いた先は、絨毯の敷かれた廊下になっていた。




