STEP4 最後の女神 5
長門にとっては、愛美の方こそ変人なのかも知れない。
(ああ、嫌だ。嫌だ)
長門と分かり合うなんて、夢のまた夢だろう。
長門のことで知っていることも、中途半端でしかない。
本人でさえ分かっていないのに、愛美に何が分かるのか。
愛美が軽く吐息を吐いた時、長門が突然、真正面から愛美の顔を捉えた。
「ほら、お手だ」
長門はおもむろにそう言うと、片手でハンドルを操りながら、助手席側に屈んできた。
身を引く暇もなく、愛美の唇は長門に一瞬で奪われる。
何事もなかったように長門は身体を元に戻すと、
「おかわりもいるか?」
と、言った。
照れもせずそんなことができる男は、長門ぐらいなものだろう。
おかわり。もう一回すると言うことか。
愛美はなぜか丁寧語になって「いえ、いいです」と、答えた。
長門は、何がそうかなのか分からないが軽く頷くと、もう愛美の相手もしないでいいだろうと言うように、車の運転に集中し始める。
長門は、絶対変だ。
お手もおかわりももういいが、どうしてもこれだけは、命令してやりたい言葉があった。
これだけは英語で言える。
ナガト、ハウス。
愛美は、心の中でそう呟きつつ、口に出しては何も言えずただ窓の外を見た。
街が流れていく。
後ろに、後ろに。
全ては過去へと、去っていく。
ビルの隙間に引っ掛かったような月だけが、後ろに流れてしまうことなく、ずっと愛美達を追いかけてくるようだ。
愛美と月はいつでも同じ距離を守ったまま、離れることも近付くこともできない影のようだった。
月だけを見ていると、自分が立ち止まっているような気分になる。
ウミハルが言っていたFフレアの新曲候補。『街』だったか。
街は流れていく。人は流れていく。夢も流れていく。僕は立ち止まる、今という時に。
今という時に、愛美も長門も立っている。
それを幸せと、やはり呼ぶのだろうか。
「まず、お預けを覚えさせるべきだったわね」
愛美の口から、ふとそんな言葉が洩れた。
長門が、ギョッとして愛美の方を見たようだ。
愛美はそれでも、ぼんやりと流れる窓の外の景色を眺めている。
雲にでも隠れたのかして、細い鎌のような月は見えなくなってしまった。
愛美は、片割れを失ったような妙な不安感を覚える。
そんな愛美に長門は、言い訳がましい口調で「それは無理だとか、出来ることと出来ないことがある」と、口の中でモゴモゴと言っていた。
やはり何を考えているかは、愛美には分からない。
長門に言えば、お互い様だと言われそうだったが。




