表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/399

STEP3 Starless 99

 生きていた。あの女が。

 

 とっくに病で倒れたことになっていた女は、実は家を捨てたのだ。死亡したと言うのは、外聞を憚ってのことだったに違いない。


 あきらがその事実を知っていれば、どうしただろう。


 綾瀬は珍しく埒のないことを考えてしまい、自分を嘲笑いたくなった。


「どうするおつもりですか?」

 綾瀬は、ついに仮面を脱ぎ捨てた。


 悲痛な表情を浮かべた綾瀬を、老婦人は優しい慈母のような微笑みで包む。


「仕事を頼もうと思っていたの。あの可愛い女の子に。あの子が来てくれるものとばかり思っていたのだけれど」


 老婦人の言葉は、作ったところのない無邪気なものだ。


「生憎、躾ができていませんので、置いてきました」


 綾瀬はすぐに無表情な顔に戻ると、再び普段の綾瀬になった。


「ほほ。年頃の娘を躾るのはどだい無理というもの。今度は、あの子一人で寄越して下さいな」


 もう流れは、止めることができないのだ。


 綾瀬は、確かに承りましたと言うように、軽く頷いて見せた。


 愛美がクラブリスキーと関わった時、既にこの展開は決まったも同然だったのだ。


 ここで綾瀬が愛美を止めたところで、始まった流れに逆らうことはよっぽどでない限りできない。


 リスキーのパーティーに潜入したのが、従来通りの西川で、愛美が関わっていなかったとしても、この世界に生きている限り、遅かれ早かれ出会うことになったのも分かり過ぎたことだ。


 綾瀬は用はこれで終わったことを悟り、失礼にはならない程度の動きで、老婦人に背を向けた。


「楽しみにしていますわ。愛美さんに会うのをね」

 綾瀬はもう何も言わずに、扉に向かって歩いていった。


 ここは、綾瀬の作り出した場所ではない。


 老婦人の領域だ。


 人の土俵で相撲をとることほど、分が悪いことはなかった。


 綾瀬はサンルームを辞去すると、一刻も早くこの場から離れたいと言うように、廊下を大股で歩いていく。


 玄関ホールの手前で、綾瀬は奥の廊下に何か茶色のものが動くのを見た。


 綾瀬は少し立ち止まると、ある筈の二階を窺うようにする。


 すぐに何もなかったように歩き始め、先ほどの執事の無言の礼を受けて、屋敷内から送り出された。



 綾瀬は、車寄せに停められた車に辿り着くと、一瞬後部座席に目をやって愛美が眠っていることを確かめた。


 車に乗り込むと、ようやく綾瀬は少しだけホッとする。


 皮の座席に身体を沈めると、暫く動かずにいた。


 思わず綾瀬は、深い吐息を吐く。愛美は何も知らずに、ただ無心に眠り続けている。


 まるで王子様のキスを待っている、眠れる森のお姫様だ。

 綾瀬は、後部席に眠る愛美に腕を伸ばしかけた。


 このまま眠り続ける方が、どれだけ楽だろうか。


 流れを変えられるとすれば、方法はそれしかないだろう。


 綾瀬が、ほんの少し手を触れるだけで、愛美は永久の眠りを貪ることができるのだ。


 何も知らず何も見ずに、夢もない眠りを。

 それは、光の届かない深い闇だろう。



 そして自分は、罪を作るのか。


 綾瀬はそう自問自答しつつ、目を閉じる。


 そして綾瀬は、愛美に手を伸ばした。

――悪いな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ