STEP3 Starless 44
「この時間に、お伺いすることになっていた筈ですが?」
不機嫌を隠し、愛美は抑えた声を出した。
明日の古典の試験には、漢文の長文が出る。
愛美はまだ白文を全部覚えていないどころか、言葉の意味すら覚えていなかった。
家に帰ったら、一夜漬けでも気休めでもやっておかなければ、色々うるさく教師連中にも言われるだろう。
学生の本分が学業と言うのなら、本分を疎かにして頑張っていることがある愛美も、不真面目ということになる。
本分にのめりこめないのは、それ以上に大切なことがあるからだ。
そこらのガキのように、恋だの何だの言いはしない。
こっちは、命をかけて仕事をしているのだ。
学校を休んでばかりでも仕方がない。
綾瀬ももう少し、学生ということを考慮してくれればいいのに。
愛美はようやく東和学園での仕事からも解放され――これは愛美が優柔不断だった所為でもあるが――試験中に新しい依頼先に出張らなければいけないのは、もう勘弁して欲しいどころではない。
「何か、約束があったかな?」
校長は机の上のメモをペラペラとめくって、それでも埒があかないのか、分厚い手帳を取り出して、指を舐めてめくろうとした。
愛美は、うんざりした感情を出さないように努めながら、校長が思い出すのを待つ前に自分から切り出す。
「この学校の、校長先生でいらっしゃいますよね? 私の勘違いでしょうか。SGAに依頼されたと聞いておりますが」
校長は、その言葉に顔を上げると、きょとんとしながらこう言った。
「仕事なら、SGAから来た人がもう済ませていきましたよ。三日も前に。何やら、とても忙しいとかで、早目に終わらせたいとか」
愛美は、ほんの僅かに眉をヒクリと動かした。
綾瀬の配慮で、東大寺でも寄越したのだろうか。
それならそうと、話を通してくれなければ困る。
いや、試験勉強の最中に、綾瀬から電話がかかってきたことはなかっただろうか。
勉強のことで頭が一杯で、生返事で済ませたとか。
いや、そんなことがあるだろうか。
三日前と言えば、依頼を受けた翌日ではないか。
そして今日この日を発出勤の日として、約束をとりつけていた筈だ。
ほんの一瞬の間に愛美はそこまで考え、不自然な沈黙が続かなうちにに愛美は、艶然と微笑んだ。
そして。
「うちは、アフターサービスも万全なんです。急いでいたからと言って、手を抜いたと言われたら、後で問題になりますからね。手落ちはありませんか?」
つらつらと嘘が出てくるのも、この業界が長くなってこそだ。




