STEP3 Starless 41
「綾瀬や東大寺の言う通りだ。感情も思想も、殺人マシーンには組み込まれていない」
それが真実なのか。
それとも、作られた真実なのか。
長門自身がそう思い込んでいるだけで、本当は違うのだろうか。
それが愛美に分かるなどというのは、おこがましいことだろうか。
ただ、信じたいだけなのだ。自分の信じられることだけを、信じたいのだ。
人は――いや、愛美は本当に愚かだ。
「みんな、嫌なものから目を逸らして生きている。過去とか現実とか。私だって、未来のことは考えないようにしている。今が、ずっと続かないことは分かっているけど、それに気付かないふりをしている。長門さんはね、感情がないんじゃないの。感情を見ていないだけ」
東大寺は道を踏み外した過去の自分から、巴は自分が小学生に過ぎないという事実から、必死で目を逸らそうとしていたではないか。
綾瀬が外見を飾るのは、己の身体的欠陥を晒さない為でもあったのかも知れなかった。
そう思えば、誰もが自分の弱さから目を逸らしていると言える。
ただ、その弱さすらも綾瀬や東大寺、巴は強さに変えることができた。
まだそこまでは、愛美はいっていない。
愛美は、未来が怖い。今を失うことが怖い。
もし長門に感情があったとして、その感情と直面した時、長門がどうするか、どうなるのか。
愛美は、もしかするとそれが見たいのかも知れない。
長門が見ないようにしていた感情が表れた時、長門は今までの人生を絶望するだろうか。
それともその感情を含めて、自分の人生をこれでよかったのだと思えるような人間なのだろうか。
そして愛美は、今を失った時、どうするのだろう。
どうなるのだろう。
「思想とか信念のない人間を、果たして人間と呼ぶかしら。パスカルなんかは、人間は考える葦だと言った。人間、考えなくなったらおしまいだよ」
だから、人間じゃない。長門は、人間じゃない。
「感情はあるわ」
考えを植えつけてどうする。
「見えていないだけ」
愛美は怒ったような顔で、前だけ見つめてそう続けた。
自分で自分が嫌になる。
長門は愛美の側までくると、愛美の頭をポンと軽く叩いた。
「お前は、考え過ぎだ」
本当にその通りだ。
愛美は、笑顔になる。
あまり深く考えないでおこう。こんがらがった気持ちの糸も、時間がいつか解してくれる。
つまらないことばかりグタグタ考えていると、頭がオーバーヒートしてしまう。
「私と長門さんを、足して二で割ったらちょうどいいかもね」
長門を見上げつつ、愛美は自然に笑いかけた。




