STEP3 Starless 40
BJのボスは、いい子だと言いながら、幼い頃の長門の頭を撫でてやったりしたのだろうか。
命令に忠実な長門は、もしかしたら幼い頃から他人のいうことに無条件に従ってきたのではないか。
それをいい子と言うなら、何と恐ろしいことだろう。
そして長門は哀れで、なんと切ないのだろう。
温もりさえ知らず、その温もりを欲しいとすら思わない。
「俺の方が子供みたいだな」
何を考えているのか分からない言い方で長門はそう言うと、身体を起こした。
長門が小さく見える筈がないのだ。
愛美の背は、長門の胸にも届かない。
しかし愛美は、守るべきものを失ったかのように、頼りない気持ちになった。
愛美は、長門を守りたいのだろう。
守るべきものに、仕立て上げたいのだろうか。
母親代わりになって、温もりを与えたいのか。それこそお節介だろう。
長門を、既製の枠に当て填めてはいけない。
その癖、愛美は長門を分析することをやめなかった。
「私も長門さんも、子供なのよ、きっと。私も、まだ誰かを本気で好きになったことないし、長門さんもそうなんでしょ」
長門は、小首を傾げた。
本気で人を好きになるという意味が、分からないらしい。
愛美はソファへと戻ると、クッションを胸に抱き締めた。
「バイリンガルどころか、三ケ国語もできて、ある意味長門さんって、巴君よりも頭いいんじゃないかな。それでも、知らないことってあるのよね」
どれだけ長く生きたとしても、人が知ることのできることには限りがある。
若くても知っていることはあるし、年をとっていても、どれだけ頭がよくても、知らないことというのはあった。
その人間が生きてきた人生によって、人が知ることのできることも決まっているのだろう。
普通の女子高生であったら、愛美は知る筈のなかったことを知ることができた。
それがいいか悪いかは、別の問題だ。
そして多分、普通の女子高生であったなら知る筈だったことを、知ることができなくなってしまったのだろう。
「綾瀬さんは、長門さんは普通の人間と価値観が違う、感情のないロボットだって言ったの。東大寺さんとかも、人間じゃないって、あなたのこと言ってたわ」
殺し屋が、殺した相手のことを一々思い出していたりしたら、それこそ嘘臭いと言った長門。
ずっと感情を殺し続けていた為に、感情自体が鈍磨してしまったのではないか。
愛美に興味があると言ったり、殺したくないと言ったりするのは、押し込められた感情の発露だと思ってはいけないのか。




