STEP1 Frozen Flare 21
「その笑い、何とかならないのか。不気味だぞ」
愛美は、まるで顔の筋肉がどうにかなったように、ずっとニコニコと笑ったまんまだった。
笑っているからといって機嫌がいい訳では勿論なく、反対にどうしようもないぐらい不機嫌なのである。
それが分かるぶん、どこで爆発するものかと、長門は気味悪く感じていた。
愛美は、目だけでジロリと長門を睨んだ。
かと思うと愛美は、派手な音を立てて両手で自分の頬を叩く。
近くで携帯端末を耳に当てて何か話していたスタッフが、チラリと愛美を見たが、それだけで気にした様子はなかった。
「ふざけんなって感じ」
愛美は、ようやく普段の表情に戻ると、低い声で呟く。
そんなことを言っていられる間は、まだ大丈夫なうちだと長門は思う。
長門は、いつもアルコールの小瓶を忍ばせている尻ポケットに手を入れかけて、途中で思い直してやめた。
スタジオに来る途中で、愛美にとり上げられたのだ。
愛美はむくれた顔で、
「長門さん。腹立たないの。あんなガキに使われて」
と、やつ当り気味に言った。
ガキも何も。ザキと愛美は同じ年だ……ろ。
などと長門が言ってしまうと、火に油を注ぐ結果となるだろう。
「仕事は仕事だ」
長門は、愛美と同じ台詞を返しただけだが、愛美はついていけないと言うように深い溜め息を吐いた。
腹に一物も二物も抱えていそうな、マネージャーの里見。笑顔の裏で、ザキが調子に乗っていられるのは今のうちだと言いきる峰と言うスタイリスト。
他人の顔色ばかり窺っている横文字ばかりの役職のスタッフ達。名前は一々言うのも面倒臭い。
この業界とやら、そうでなければやっていけないのだろう。
愛美だって、それこそ馬鹿みたいに笑っているではないか。反して長門は全く普段のまま、お愛想の一つも言わない。
そんな長門が羨ましくもあり、憎くもあった。
憎むのはもちろん、愛美が自分自身に感じるべきことの筈だ。長門は悪くない。
今の自分はまるで、周囲の状況に合わせて色を変える、カメレオンではないか。そう思うと、少し自己嫌悪に陥ってしまう。
しかし、これも仕事だと思わねば、笑ってなどいられない。
「魑魅魍魎の巣窟」
自分も含めて、愛美は言ったつもりだ。
鬼や物の怪といった存在を信じている愛美としては、それらの闇はあって然るべきもので、殊更唾棄すべきものではなかった。
それを考えると、何が怖いと言って、人間が一番怖い。
「どこだって同じだろう」
(言えている)
スタジオの中には、ずっと控え目な音量でBGMが流されていた。




